はじめに
化粧の歴史は、クレオパトラやシバの女王などの歴史上の人物などに見ることが出来る。化粧は女性を美しく飾るための方法として、様々な天然材料で作られてきた。しかし現代の化粧品のほとんどは、石油化学の合成によって生み出された成分が使われている。中には天然素材にこだわり抜いた化粧品もあり、産地や生産者を指定し無農薬や非遺伝子組み換え(Non-GMO:Non-Genetically Modified Organisms)まで訴求している。しかし多くは高級化粧品でも低価格化粧品でも合成由来成分が含まれている。
合成品の無い時代1)
無添加・天然素材を謳う化粧品の中には「石油が使われていなかった時代のような天然成分」のように、合成由来成分を否定する売り文句が並べられている。では、本当に合成由来成分の使われていなかった時代の化粧品は、身体によい天然素材だけが使われていたのだろうか? その昔、アイライナーはクレオパトラも使用していた化粧品として知られているが、当時のアイライナーのほとんどがラピスラズリなどの鉱物を粉砕したものであった。日本などでも化粧は「命の色」である赤を身につけるために盛んに行われていたが、この赤色の元になったのは現代で言う硫化水銀である。時代は流れて江戸時代に入ると、京都で作られた白粉が女性たちに高い人気を得ていたが、この白粉の原料となっていたのは鉛を精製した、現代では油絵に使われる鉛白である。口紅はベニバナから取った天然顔料を使用していたが、ほとんどの化粧品は鉱物由来のものだったという。
合成由来の安全性
そもそも、本当に合成由来成分は危険なのか? 化粧品やシャンプーなどの肌につけて使うものは、今は全て「薬事法」の範疇でその安全性が検証されている。また2001年より薬事法改正による大幅な規制緩和が行われ、品質管理(安全性)の責任の比重が、メーカー側に大きく傾くようになった。改正の主目的は、欧米諸国の化粧品製造との整合性を図り、化粧品の国際的な流通を促進することである。つまり、日本のメーカーも欧米諸国と同じように自分で安全性に責任をもつようになったからこそ、安全性には気を使っている。安全性が確認できなかった製品は、市場に出回ることはない。
これは、前述の鉛白白粉で鉛中毒が多発した教訓に基づいている。つまり、「市場に存在している石油由来の合成品を使用している化粧品は安全性テストをクリアしている」と考えるべきである。中には「石油は古代の生物から生み出された天然成分」という人もいる。そもそも石油の成因に有機由来説と無機由来説があることだとか、化学的に突き詰めて言えば天然成分も石油由来成分も同じ原子の集まりじゃないかとかは屁理屈だと、筆者も思っている。では化粧品で使用されている2つの原料について述べる。
グリセリン2)
グリセリンは手作り石鹸などにも必要な成分としてよく知られている。実はグリセリンは、植物油を分解して精製する方法と石油パラフィンから分解して生成する方法によって生産されている。ちなみにグリセリンの価格は石油が安いときから合成グリセリンの方が、植物グリセリンより少し高値で取引されている。理由は合成グリセリンというのは、純度が高く、医薬品向けはほとんど合成グリセリンとなっている。植物油由来のグリセリンというのは、不純物に油脂や脂肪酸が混ざるため、それを取り除くのに蒸留したりすることで、グリセリン自体が劣化したり、脂肪酸が完全に取りきれないためである。グリセリンの品質は加熱したり、アルカリ性にすると不純物の脂肪酸が着色するので、すぐにわかる。医薬品では加熱して、無菌充填するのが当たり前なので、植物グリセリンの銘柄によっては変色してしまい、全く使えない。
合成グリセリンは、石油由来というイメージこそ悪いが、不純物が植物由来に比べて極端に低い分、医薬品の品質を劣化させることはなく、医薬品用は合成グリセリンというのが常識となっている。化粧品用は、弊社の製品も含めて通常植物グリセリンとなる。安いし、イメージがよいから相当品質が悪くない限り、植物由来を使用する。薬局で売られているグリセリンも植物由来である。
グリセリン以外の保湿剤や乳化剤として含有されるBG・PG・PEGと表記された成分は、全て石油由来合成品である。それぞれ「1.3-ブチレングリコール」「プロビレングリコール」「ポリエチレングリコール」の略称である。これらのグリコール類はポリエステルのようなプラスチックの原料として使用される。
島田邦男
琉球ボーテ(株) 代表取締役
1955年東京生まれ 工学博士 大分大学大学院工学研究科卒業、化粧品会社勤務を経て日油㈱を2014年退職。 日本化粧品技術者会東京支部常議員、日本油化学会関東支部副支部長、日中化粧品国際交流協会専門家委員、東京農業大学客員教授。 日油筑波研究所でグループリーダーとしてリン脂質ポリマーの評価研究を実施。 日本油化学会エディター賞受賞。経済産業省 特許出願技術動向調査委員を歴任。 主な著書に 「Nanotechnology for Producing Novel Cosmetics in Japan」((株)シーエムシー出版) 「Formulas,Ingredients and Production of Cosmetics」(Springer-Veriag GmbH) 他多数
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