第17回 晴れるではなくハラル

はじめに

 2020年のオリンピック開催地の東京のライバルは、イスタンブールだった。国際オリンピック委員会(IOC)評価委員会に市民の支持率の高さと「イスラム圏初の開催」をアピールしていた。イスラムと聞くと、原理主義、テロ、宗派対立といった一側面が極端に拡大歪曲されたイメージが先行するが、実はこの地域は、ポストBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)市場としてとても注目されている。

 世界のクレーンの3分の1が集結していると言われているアラブ首長国連邦(UAE)のドバイ。街の巡回パトカーとして1台3800万円のランボルギーニが走り、2010年に完成した世界一高い超高層ビル「ブルジュ・ハリーファ(Burj Khalifa)」がそびえる。東京スカイツリーより194m高い全高828.0m、160階建てだ(図1)。

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(図1 世界一高い超高層ビル ブルジュ・ハリーファ1))

 さらにこの地域では、高さ1400mの「ナキール・タワー」、高さなんと2400mの400階建ての「ドバイ・シティ・タワー」も予定されている。近隣のクエートに高さ1001mの「ブルジュ・ムバラク・アル=カビール」、サウジアラビアに1600mの「キングダム・タワー」の建設計画があり、バーレーンでも高さ1022mの「ムルジャン・タワー」の計画が浮上している。2007年から続く世界金融恐慌で計画を危ぶむ声もあるが、旭日昇天の"晴れる"勢いが凄い。

 日本ではイスラムについてはまだ十分には理解されていないのが現状である。そこで今回は、イスラム圏の化粧品市場について考えてみたい。

イスラムのハラル市場2)

 イスラム教徒はアラブの中東以外に、アセアン、インド、バングラディッシュやパキスタンなどの南アジア、東南アジアのアセアン、アフリカなど広範囲に居住していて、2011年時点での人口は世界中で19億人に達している。これは世界人口70億人の28%、すなわち世界の人の4人に1人以上がイスラム教徒ということになる。2020年までに20億人を超えると予測されてインド(12億1000万人)、中国(13億5000万人)を超える規模である(図2)。

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(図2 イスラム教徒の人口分布2))

 インドネシアやマレーシアに代表されるイスラム諸国は、人口と経済が急拡大している(図3)。

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(図3 マレーシア(左)とインドネシア(右)の所得別人口構成予測3))

 経済成長が著しいことから市場は、年間2兆1000億ドル(310兆円)規模のビジネス環境も構築されつつある。イスラム市場と言っても特殊な市場ではない。幅広い分野で多くの日本企業が進出し、大量の日本製品が流通しているインドネシアやマレーシアは、イスラム市場である。

 イスラム法の下では、豚やアルコールなどを口にすることが禁じられている。また、牛肉や鶏肉もルールに従ってと殺処理されたものでなければならない。そのため、イスラム教徒の多い国に流通する製品には、ハラル認証を添付している例もある(図4)。

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(図4 食品、飲料、歯磨き粉などのハラル認証製品)

 ハラル(Halal)は、イスラム法で許された項目をいう。主にイスラム法上で食べられる物のことを表す。正しい発音はハラールになるが一般にはハラルと表記している。反対に、口にすることを禁止されている物をハラーム(Haram)と言い、この語は「禁じられた」という意味でハーレムと同じ語源である。つまり、輸出の場合ハラルに準じていることが重視される。宗教に基づくため多くの日本人には理解し難い点があるが、正しく理解することは必要不可欠と言える。

ハラルの化粧品原料4)

 ハラル制度は、食品が中心で化粧品・トイレタリー製品を対象としていない。しかし、イスラム教徒の女性は、豚由来の成分やアルコール分を含む化粧品の使用に宗教的な罪悪感を覚えるとされる。このような需要に対してハラル化粧品を開発する動きがある。そこで化粧品で問題となるであろう豚由来の原料を表1に示す。

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(表1 豚由来原料とその配合化粧品例)

 豚脂(脂肪酸トリグリセライドが主成分)は、石鹸や質感向上剤として口紅に利用されている。グリセリンやその合成物のジグリセリンは保湿剤として広く化粧品に利用される。豚皮由来のコラーゲンは、注目の化粧品原料である。コラーゲンは主に保湿剤の目的で広く使用されるほか、飲む化粧品としても利用されている。

 コラーゲンペプチドの型でも同様の用途に利用されている。また、豚由来のL-システインは毛髪のパーマネント・ウエーブにも使われる。豚以外のエタノールは、化粧品の溶剤、香料などのエッセンスの抽出として広く利用されている。

 インドネシア・ウラマ評議会の食品・薬品・化粧品審査会(宗教学者がイスラム法に基づいた見解を示す官製のイスラム法学組織 LPPOM MUI)で、専務取締役であるルクマヌル・ハキム氏は、2010年に以下のように述べた5)。

 まず口紅は、ハラームもしくは不浄の可能性がある成分が見出される。いくつかの油性成分が挙げられる。例えば、ビスジグリセリルポリアシルアジペート-2、ステアリン酸グリセリル、パルミチン酸アスコルビルである。使用されている動物由来原料は、イスラム的に屠殺されているべきという。

 同氏によれば、唇に塗りつけるだけでも使用者が、消費した食品や飲料を通じて体の中に入る可能性があるという。「そのため、この脂肪はハラームであると同時に、不浄であると位置づけられることもある。もし不浄と位置付けられれば、そのような成分に汚染され、我々はどのようにしてアッラーの神に対する宗教的義務を行うことができるのか」と同氏は警告した。

 2番目にコラーゲン。「現在最良で、化粧品によく使用されるコラーゲンは、豚由来のコラーゲンだ」と同氏は述べる。

 3番目にトコフェロール。植物由来でも「安定を保つために、豚のゼラチン由来の可能性がある」と同氏は述べた。

 4番目にラノリン。これは動物由来でありうる油または脂肪の一種だ。動物由来であることから、屠殺過程がイスラム法に合致していることを述べている。イスラム法とは、例えば、食肉処理であれば、原則はナイフであり、動物にショックを与え続けないため羊の電気ショックのガイドラインは電流0.70~1.20A、通電時間2.00~3.00秒とある。苦痛を与えない屠殺処理をされた動物達を、不衛生な方法で管理しない、清掃が行き届いて、環境が国内基準値内であることを示す。

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島田邦男

琉球ボーテ(株) 代表取締役

1955年東京生まれ 工学博士 大分大学大学院工学研究科卒業、化粧品会社勤務を経て日油㈱を2014年退職。 日本化粧品技術者会東京支部常議員、日本油化学会関東支部副支部長、日中化粧品国際交流協会専門家委員、東京農業大学客員教授。 日油筑波研究所でグループリーダーとしてリン脂質ポリマーの評価研究を実施。 日本油化学会エディター賞受賞。経済産業省 特許出願技術動向調査委員を歴任。 主な著書に 「Nanotechnology for Producing Novel Cosmetics in Japan」((株)シーエムシー出版) 「Formulas,Ingredients and Production of Cosmetics」(Springer-Veriag GmbH) 他多数

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