第4回 「おしん」(八百半デパート創業者 和田カツさん)

【週刊粧業2019年11月25日号11面にて掲載】

 八百半デパートが、中国、香港、シンガポール、マレーシア、ブルネイ、さらにアメリカなどに相次いで進出し、国際流通グループ ヤオハンとして絶頂期を迎えようとしていた1980年代の中頃、流通ジャーナルが同社の総力特集を企画した。

 その取材の一環として、同社の創業者である和田カツさんにインタビューした。場所は静岡県熱海市のご自宅で、社長として八百半グループを率いる長男、和田一夫氏と同居されていた。熱海湾が一望できる立派なお住まいだった。

 午前9時から始まったインタビューは、途中食事を挟んで長時間に及び、辞去したのが午後7時を過ぎていた。実に10時間余りのロングインタビューだった。50年に及ぶ私の記者生活で、後にも先にも、これだけ長時間のインタビューはない。それだけカツさんは、70代後半というご高齢にも関わらず、情熱を込めてご自分の人生を語ってくれた。

 カツさんは1906年、小田原随一の青果商だった田島半次郎氏の娘として生を受けた。彼女は奉公人だった和田良平氏と結婚して1930年、熱海市に八百半商店を開業した。

 当初は旅館相手の野菜卸だったが、1956年、カツさんが福島県郡山市のベニマル(現ヨークベニマル)を見学したことをきっかけとして、現金正札販売に踏み切った。1962年には一夫氏が33歳で社長に就任し、社名も八百半デパートに改めチェーンストア展開が本格化していく。

 「一夫は最初、外交官をめざして東京外事専門学校(現東京外語大学)に合格したのですが、私が家業を継いでくれと強く説得したことで、日本大学経済学部に入学して働きながら大学に通っていました。ところが彼は共産党に入党するなど学内闘争にのめり込み、ついに学校から退学処分を言い渡されてしまいました。大学から呼び出しが掛かりましたが、私が懇願したことで何とか退学は免れたのです。このままでは彼が駄目になると考えて、私が信仰する『生長の家』の飛田給練成道場(東京都調布市飛田給)に入れたのです。彼は当初反発して『生長の家を共産化するんだ』と意気込んでいたようですが、ついにその教えに目覚め、熱心な信者になったのです」

 その後、一夫氏は国内から海外にまで店舗網を広げ、進出した国は15カ国にも及ぶ国際流通グループ ヤオハンにまで会社を成長させた。

 1971年には、日本流通業初の海外進出となったブラジルに1号店を開設した。だが同国でハイパーインフレに遭遇するなどで経営危機に陥り、進出から6年後の1977年には倒産し会社清算に追い込まれてブラジルから撤退した。

 「ブラジルでの事業を清算するために、大口の債権者の方々の自宅を回りました。その中でもとくに重要な債権者だった方は、頑として私と会うのを拒まれました。私は仕方なく、その方の自宅門前の土の上に正座し、面会をお願いしたのです。しかしどうしても会ってくれません。雨が降りしきるなか、泥だらけになりながらの正座は3日間続きました。とうとうその方も折れ、ようやくお会いすることができ、清算に協力して貰えました。こうして何とか会社清算にこぎ着けたのです」

 ヤオハンジャパンが過剰投資がきっかけとなり会社更生法の適用を申請して倒産したのは1997年9月だった。ジャスコ(現イオン)が支援を表明して、現在はマックスバリュ東海となっている。カツさんは1993年、ヤオハンの崩壊を知ることなく86歳で亡くなった。

 熱海市在住の作家 橋田壽賀子氏は、カツさんと懇意で度々会って話を聞いていたという。NHKの連続テレビ小説「おしん」は、間違いなくカツさんをモデルの一人にしている。

 人生には数多くの岐路や転機がある。カツさんはその都度、その状況、その場面を、天候なども含めて生き生きと詳しく語ってくれた。世の中にこんなにも記憶力がよい人がいるものなのか、と感じ入った。まさしくそこには「おしん」がいた。
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加藤英夫

週刊粧業 顧問(週刊粧業 流通ジャーナル 前会長)

私が週刊粧業の子会社「流通ジャーナル」に入社したのは今からちょうど50年前の昭和44年(1969年)6月だった。この間、国内はもちろんアメリカ・ヨーロッパ・アジアにも頻繁に足を運び、経営トップと膝を交えて語り合ってきた。これまでの国内外の小売経営トップとの交流の中で私なりに感じた彼らの経営に対する真摯な考え方やその生きざまを連載の形で紹介したい。

https://www.syogyo.jp/

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