第63回 質問ではなく指紋

【C&T2025年7月号6面にて掲載】


はじめに

 2007年公開の映画「ALWAYS 続・三丁目の夕日」で、鈴木オートの奥さん役・薬師丸ひろ子が手伝いをする親戚の子供の手に、ハンドクリーム「ももの花」を塗ってあげるというシーンがあった。容器は当時のもののようで(図1)、オリヂナル薬粧から1953年(昭和28年)に発売された。その5年後に年間500万個という驚異的な出荷量を記録したハンドクリームで、当時国内には手指専用のクリームがなく、多くの主婦が水仕事などで手荒れに悩まされていた。この現状を憂慮していた創立者の藤井庄右衛門は我が国の女性の手のためのクリームを開発した。桃の節句には実を多く実らせる桃があらゆる厄を払い、魔を防いでくれるので「ももの花」と命名したようだ。

 そこで今回は、昔から男女、つまりジェンダー平等で分け隔てなく訴求されるハンドケアについて述べてみる。

手の皮膚

 顔の皮膚と手の皮膚は、ぱっと見は同じように見えて意外と違う。また、同じ「手」でも、手のひらと手の甲で構造が異なる。具体的に手のパーツごとの違いを列記すると、

・手のひらは角質層を含め、全体的に皮膚が厚い

・手のひらは汗腺が多い(頬の2倍)ので汗をかきやすい

・手のひらには皮脂腺がない(=手のひらには毛穴がない)ので、皮脂が出ない

・指先は角質層が厚い

・手の甲は角質層が厚い

・手の甲は角質層以外の皮膚が薄い

・手の甲は顔に比べて皮脂腺が少ないので、皮脂膜が不十分

・手の甲は顔に比べてターンオーバーが遅い

 つまり手は顔の皮膚と比べて角質層が厚く、皮脂腺が少ない(手のひらにはない)という特徴がある。だから手肌は乾燥しやすいし、バリア機能が低下しやすくなる。バリア機能が低下すると、外部刺激を受けやすくなり、肌荒れなどの手肌のトラブルが起こりやすくなる。顔に比べてターンオーバーが遅いので、一度カサカサや肌荒れがなどの肌トラブルが出てしまうと、回復するのに時間がかかる。乾燥や手荒れになってからはじめて対策するのではなく、普段から予防するハンドケアがとても大切になる。

江戸時代

 江戸後期の1813年(文化10年)に出版された、化粧法を中心とした総合美容読本「都風俗化粧伝」の上中下3巻の中巻には“手足之部”がある。そこに、手足の悪い癖を隠して美しくしなやかに見せる方法、手足にある病気を治す方法などについて紹介している。手足にある病とは、手先の荒れ、ひび、あかぎれ、霜やけ、腋臭など。顔の化粧をきちんと行っても、「手足荒れて節くれだっていたり、指が太く、爪が伸びて垢がたまっているようでは興がさめる」とある。このように注意していることから、人々も手足のひびや霜やけはとんでもないことのようだ。そのために当時は、サトイモや牡蠣の殻を粉末にしてオイルに溶かしハンドケアをしていた。


短歌

 「熱心に 母が勧めし ユースキン Aという名の ハンドクリーム」
 これはベストセラーとなった俵万智さんの歌集『サラダ記念日』にある短歌だ。瑞穂化学工業は1957年に、ひび・あかぎれ・霜やけに効く黄色いハンドクリームとして製品化した。現在の商品名はユースキンAからユースキンに変更されている(図2)。「あなた(You)の肌(Skin)のために」から“ユースキン”と名付けたようだ。 60年以上経った今でも陳腐化せず親近感のあるネーミングだ。ひびやあかぎれ、霜やけを治す医薬部外品で、トコフェロール(ビタミンE)の抗酸化作用や血流改善作用により肌荒れや皮膚の角化を防ぎ、グリチルレチン酸には炎症を抑える効果がある。


ベストセラー

 100年以上前にドイツのハンブルクに本社を置くバイヤスドルフ(Beiersdorf)で、薬学者であり先見の明のある起業家でもあったOscer Troplowitz博士(図3)らが、スキンクリームを開発した。乳化剤でクリームの基材にしたTroplowitz博士は、ラテン語のnix(雪)、nivis(雪の)という単語から、「雪のように白い」を意味するNIVEAと命名した。こうして1911年12月に最初のスキンケア・クリームの伝説が誕生した。誰にでも買える価格で高品質の製品を開発することが創業当時からTroplowitz博士の目標で、そのとおり世界187か国で累計2億個が販売されている。日本では1968年にアジアで初めて発売され、花王とバイヤスドルフ社の合弁会社によるニベア花王が世界80カ国目に製造販売した。ニベアが青缶(図4)となりハンドクリームとして使っている人も多いのは、顔専用クリームのテクスチャーよりは硬めに感じることがあるようだ。価格的に安価なためハンドクリームでの使用が多く、手指に塗りこむような感覚で顔に塗ってしまうと摩擦が強すぎるからだろうか。


おわりに

 琉球大学では、地元の企業と学内研究をもとに商品化する「琉球大学ブランド開発支援事業」を毎年公募実施している。シークヮーサーエキスのノビレチンとオオバギ由来の沖縄産プロポリスを配合した弊社のハンドクリームが採択され2025年に発売した。多くのハンドクリームがベタつかないことを訴求している。しかし、学生に使用感を「質問」すると「指紋」がつきにくいモノがいいとの返事があった。確かにZ世代の若者は文字を書くときノートやペン以上に、スマホやiPadなどのタブレットを頻繁に使う。気にしていた使用感は指紋に特化し、そこで30秒でべたつきが消え、1分でクリーム塗布後の指紋など油分がつきにくい製品にしてみた(図5)。そのため本文のタイトルは「質問ではなく指紋」になった。パッケージデザインは学外からは初めて、横浜生まれで沖縄大好きで住んでいる若い女性歯科医師が担当。さて今後どうなるか、いつもスタートは不安でもあり楽しみでもある。

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島田邦男

琉球ボーテ(株) 代表取締役

1955年東京生まれ 工学博士 大分大学大学院工学研究科卒業、化粧品会社勤務を経て日油㈱を2014年退職。 日本化粧品技術者会東京支部常議員、日本油化学会関東支部副支部長、日中化粧品国際交流協会専門家委員、東京農業大学客員教授。 日油筑波研究所でグループリーダーとしてリン脂質ポリマーの評価研究を実施。 日本油化学会エディター賞受賞。経済産業省 特許出願技術動向調査委員を歴任。 主な著書に 「Nanotechnology for Producing Novel Cosmetics in Japan」((株)シーエムシー出版) 「Formulas,Ingredients and Production of Cosmetics」(Springer-Veriag GmbH) 他多数

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