花王安全性科学研究所・ハウスホールド研究所は、北里大学大村智記念研究所ウイルス感染制御学Ⅰ 片山和彦教授、慶應義塾大学医学部 坂口光洋記念講座 佐藤俊朗教授との共同研究にて、これまで代替ウイルスでの評価が一般的であった混合物での不活化効果を、ヒトノロウイルスそのもので評価できる新手法を開発した。
この評価法を用いた実験の結果、従来ヒトノロウイルスの不活化に効果があると報告されていた次亜塩素酸ナトリウムのほか、一部の酸素系漂白混合物(過炭酸ナトリウム、界面活性剤、漂白活性化剤を含んだ混合物)で、ヒトノロウイルスの増殖が抑制されることを確認した。
同研究成果は、「日本薬学会 第140回年会(2020年3月25~28日・京都)」にて発表している。
冬季に流行するノロウイルスは、食中毒の主要な原因の1つで、手指や食品などを介して感染し、ヒトの腸管で増殖することにより、嘔吐や下痢、腹痛などを引き起こす。厚生労働省の調査によると、平成30年の日本の食中毒患者のうち、最も多かったのはノロウイルスによるものであり、世界でも、発展途上国を中心に多くの人々がノロウイルスによる食中毒を発症している。
ノロウイルスにはワクチンや根本的な治療法がないため、食中毒や流行の拡大を防ぐには、ノロウイルスを不活化できる消毒剤等の開発が求められている。しかしながら、ヒトノロウイルスを試験管内培養によって増殖・感染させる技術がなく、ヒトノロウイルスの不活化効果を直接的に確認する方法がなかったことから、これまで人に感染する「ヒトノロウイルス」の除去に有効な消毒剤の開発は困難だった。
現状では、ネコに感染するネコカリシウイルス(FCV)や、マウスに感染するマウスノロウイルス(MNV)などの、ヒトノロウイルスと近縁の代替ウイルスを用いた評価によって、ヒトノロウイルスへの効果が推測されている。ただし、FCVは酸性条件下で、MNVはアルコール処理で、それぞれ容易に不活化することが報告されており、ヒトノロウイルスとは性質が異なることが指摘されている。
このような状況の中、2016年、腸管オルガノイドを用いることでヒトノロウイルスの培養を可能にした研究報告が発表された。この報告を応用した新しい研究によって、実際のヒトノロウイルスで、単独の不活化剤(次亜塩素酸ナトリウムなど)は有効性が評価できたと報告された。
ある不活化剤のヒトノロウイルスへの有効性を評価する際には、まず評価したい不活化剤サンプルとヒトノロウイルスを混合して一定時間反応させたものを腸管オルガノイドに添加し、ヒトノロウイルスを感染させる。感染後に、PCRを実施し、腸管オルガノイド内でヒトノロウイルスの遺伝子数が増えていないことがわかれば、その不活化剤がヒトノロウイルスを不活化したことを確認できる。
一般的に、製品は単独ではなく複数の成分からなる混合物で、不活化剤としても評価したいこれらのサンプルには、腸管オルガノイドに悪影響を及ぼす成分(界面活性剤など)が含まれることがある。そのため、ヒトノロウイルスとサンプルを混ぜた溶液を腸管オルガノイドに添加した際、腸管オルガノイドがダメージを受けてしまい、不活化効果を評価できないことが数多くあった。
そこで同社は、北里大学・慶應義塾大学と共同で研究を行い、腸管オルガノイドに悪影響を与えずに、ヒトノロウイルスを用いて複雑な混合物の不活化効果を評価する方法の構築を目指した。
さまざまな方法を検討する中、ヒトノロウイルスを混合したサンプルに、血清成分を添加することで腸管オルガノイドに悪影響を及ぼす成分が捕捉され、さらに超遠心することで、それらの成分を分離できることを見出した。
この手法で、混合物中の一部の成分による腸管オルガノイドへのダメージを抑えられることが明らかとなり、世界で初めて、複雑な混合物のヒトノロウイルスの不活化効果評価法の構築に成功した。
同社は、構築した評価法を用いて、多数の混合物や化合物の不活化効果を評価。腸管オルガノイドに未処理のヒトノロウイルスを感染させると増殖することから、この増殖の抑制を基準として不活化剤の有効性を判断した。
その結果、従来ヒトノロウイルスの不活化に効果があると報告されていた塩素系漂白剤の構成成分である次亜塩素酸ナトリウムで37℃で1分以上処理した場合のみならず、一部の酸素系漂白混合物(過炭酸ナトリウム、界面活性剤、漂白活性化剤を含んだ混合物)で水溶液中で37℃で10分以上処理した場合にも、ヒトノロウイルスの増殖が抑制されることを確認した。
同社は、今回開発したヒトノロウイルスに対する不活化評価法を活用し、ヒトノロウイルスに対して効果を示す技術を開発することで、広く社会に貢献していく。