第29回 ノーベル賞でない人を述ーべる

【C&T2017年1月号8面にて掲載】

はじめに

 昨秋は、大隅良典氏の3年連続ノーベル賞受賞に日本中が沸いた。科学技術の先進立国であることを誇りとしたメディアの論調も多かった。

 しかし、第1回の候補者は日本人だったし3度の候補者もいた。それは北里柴三郎と野口英世である。北里はドイツ留学中の1890年に血清療法をジフテリアに応用し、同僚であったベーリングと連名で論文を発表した。第1回ノーベル生理学・医学賞候補の15名の内の1人に名前があがったが、結果は研究内容を主導したのは北里でないことを理由に、共同研究者のベーリングのみが受賞した。賞創設直後に共同授賞の考え方がまだなかったからだ。

 さらに野口に至っては、1914年、1915年、1918年と3度も候補になっている。野口の死後、アメリカのマックス・タイラーが黄熱ワクチンを開発し、1951年にノーベル医学生理学賞を受賞した。今回は“ノーベル”賞と縁のなかった対照的で有名な2人について“述ーべる”。

北里柴三郎1)

 北里は「日本の細菌学の父」として知られ、門下生からはドンネル先生(der Donner、ドイツ語で「雷おやじ」の意)との愛称で畏れられ、かつ親しまれていた(図1)。


図1 北里柴三郎1)と緒方正規(右下)

 同じ熊本出身で東京医学校(東大医学部の前身)の同期生である帝大(後の東京大学)医学部教授の緒方正規(後に東京帝国大学医科大学学長、図1)がいる。彼は、コッホの弟子に細菌学を学び、助手の身分だった北里に半年間細菌学の基礎を教え、紹介状を書きドイツ留学をさせた。

 当時の北里は、勉学に集中せず何度も留年し卒業時の成績は26名中8位であった。彼が留学中、緒方は「脚気(かっけ)病菌」発見について1885年4月2日に神田一ツ橋の大学講堂で講演し、『官報』の526号にその内容が掲載されている。緒方の研究は、死亡した脚気患者の内臓を調べ、そこに未知の細菌を発見した。

 そしてその細菌を脚気患者の血液の中にも見出し、その細菌を培養しネズミなどに接種したところ、脚気的症状を示した。それゆえに緒方が「脚気菌」の断定をした頃、他の研究者もそれぞれ独自に「脚気菌」であると公表していった。

 これに対して、ドイツ滞在中の北里は、細菌を培養しそれがありふれたブドウ球菌であることを解明している。また、教授の地位にいる緒方の発見も誤りであると明確に否定した。緒方から「恩知らず」として母校東大医学部と対立し続けることになる。

 現在では北里の批判が正しいが、この事件によって北里は、帰国後も日本での活躍が限られてしまった。この事態を聞き福澤諭吉は、私立伝染病研究所を設立し、北里を初代所長にした(図2)。


図2 伝染病研究所(芝公園)
土地は福沢諭吉の所有で、研究資材は森村市左衛門の寄付による2)

 その後、国に寄付され内務省管轄の国立伝染病研究所に、さらに突如文部省に移管し緒方の東大の下部組織になる。北里はこれに反発し所長を辞職し、新たに私費を投じて私立北里研究所(現・社団法人北里研究所、北里大学の母体)を設立する。

 そして、諭吉の没後の1917年、長年の多大なる恩義に報いるため、慶應義塾大学医学部を創設し、初代医学部長となる。新設の医学部の教授陣にはハブの血清療法で有名な北島多一や、赤痢菌を発見した志賀潔など北里研究所の名だたる教授陣を惜しげもなく送り込み、北里自身は無給で慶應義塾医学部の発展に尽力したといわれる。

 その後、東大とは赤痢やペスト菌でも対立が続いても、緒方の葬儀では真っすぐだった北里が弔辞を述べている。

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島田邦男

琉球ボーテ(株) 代表取締役

1955年東京生まれ 工学博士 大分大学大学院工学研究科卒業、化粧品会社勤務を経て日油㈱を2014年退職。 日本化粧品技術者会東京支部常議員、日本油化学会関東支部副支部長、日中化粧品国際交流協会専門家委員、東京農業大学客員教授。 日油筑波研究所でグループリーダーとしてリン脂質ポリマーの評価研究を実施。 日本油化学会エディター賞受賞。経済産業省 特許出願技術動向調査委員を歴任。 主な著書に 「Nanotechnology for Producing Novel Cosmetics in Japan」((株)シーエムシー出版) 「Formulas,Ingredients and Production of Cosmetics」(Springer-Veriag GmbH) 他多数

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