はじめに
化粧品は厚労省の定める薬事法のもとに管理されている。つまり「人の身体を清潔にし、美化し、魅力を増し、容貌を変え、又は皮膚若しくは毛髪を健やかに保つために、身体に塗擦、散布その他これらに類似する方法で使用されることが目的とされている物で、人体に対する作用が緩和なものをいう。......(後略)」。さらに医薬部外品は化粧品の効果に加えて、にきびを防ぐメラニン色素生成を抑えることにより日焼けによるしみ・そばかすを防ぐ(いわゆる美白効果)と育毛、うす毛、脱毛の予防、発毛の促進などが加わる。しかしそれだけであろうか?誰もがスキンヘッドがロングヘアに変わり、黒人が白人になることのような強い機能を期待してはいないし不可能である。
私達の世界は流行や表面的なことに流されやすい面が多い世界である。化粧品企業の研究者たちの中には、製薬企業等の他の化学業界の研究者が集まる学会等の中で、見下した睥睨さを感じた方もあるかもしれない。しかし、私はもっと薬事法では規定されない広い意味での効果効能が化粧品にはあると思う。
そこで今回は機能ではないヒトの脳について触れることにする。ヒトの脳重量は体重の2%でありながら、酸素消費量は20%を占める。酸素消費量が心臓に次ぐエネルギーの激しい臓器である。そしてこの大半はグルコースの酸化に用いられ神経活動を支えている。そのグルコース消費量は0.7mol/日に達するが、貯蔵量が少ないことから絶え間ない補給を要求している。静かそうに見えて実は活発な臓器が私たちの脳である。
素顔と化粧顔
化粧品を使用すると人はどう変わるか?2003年にノーベル生理学・医学賞が与えられた装置fMRI(機能的磁気共鳴映像法:functional Magnetic Resonance Imaging) を使用した化粧品研究がある1)。この装置はヒトの脳の活動に関連した血流動態反応を視覚化する方法であり、生きている脳内の各部の生理学的な活性(機能)を様々な方法で測定し、それを画像化する。脳で行われる様々な精神活動において、脳内の各部位がどのような機能を担っているのかを結びつける研究資料になり、正常の状態と比べることで脳の病気の診断にも用いることができる。
20代から30代の32名の女性の素顔と化粧顔を撮影し、fMRI脳計測の中でそれぞれの写真を2秒間見せて計測する。脳には様々な神経細胞、ニューロンがあり140億個が網の目のようにネットワークを形成している。大脳の頭頂葉には、自分と他人が行動するのを両方見ている状態で活動電位を発生させる神経細胞のミラーニューロンがある。これは、図1に示すその下頭頂皮質の活動領域を示している。
自分と他人の比較では活動部位に違いが表れることは従来どおりであるが、同じ自分なのにもかかわらず、素顔と化粧顔という自分自身の比較でも同じ部位の活動が一部存在した。その結果、自分の顔と他人の顔は脳活動に違いがみられるが、同じ自分の顔でも素顔と化粧顔では他人の顔を認識しているときに近かった。
さらにもう少し詳しく述べると、素顔と化粧顔の写真を見て本人が主観的に化粧顔だと認めたときに前述の下頭頂皮質と中脳のドーパミンニューロンの投射を受ける背側線条体の活動が表れた(図2)。
島田邦男
琉球ボーテ(株) 代表取締役
1955年東京生まれ 工学博士 大分大学大学院工学研究科卒業、化粧品会社勤務を経て日油㈱を2014年退職。 日本化粧品技術者会東京支部常議員、日本油化学会関東支部副支部長、日中化粧品国際交流協会専門家委員、東京農業大学客員教授。 日油筑波研究所でグループリーダーとしてリン脂質ポリマーの評価研究を実施。 日本油化学会エディター賞受賞。経済産業省 特許出願技術動向調査委員を歴任。 主な著書に 「Nanotechnology for Producing Novel Cosmetics in Japan」((株)シーエムシー出版) 「Formulas,Ingredients and Production of Cosmetics」(Springer-Veriag GmbH) 他多数
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