先日ある得意先で通販カタログの撮影現場に立ち会い、何とも活気に満ちた懐かしい時間を過ごした。
クリエイター出身であるその会社の会長様が、撮影現場でいろいろとリーダーシップを発揮してくださったのだ。次々に新しいアイデアが飛び出し、スタッフはてんやわんやだったが、現場で発揮されるパワフルな「クリエイティブ力」を目の当たりにし、ものづくりの本来あるべき良き時代の姿を思い出したような気がする。
現在の広告制作はデジタル化が進み、作業はスピーディーになった。イメージラフも事前に細部まで作りこめるようになり、撮影作業は机の上で組み立てた「完成予想図」を実現化するという作業的要素が強くなった。このやり方は、編集者やカメラマン、デザイナーなど、制作にかかわるスタッフ全員が同じイメージを共有できるので、失敗のリスクがぐっと減る。得意先にとっても、どんなものが出来上がるのか、事前に確認できるという安心感がある。
その一方で、この技術進化が逆に「現場力」を弱めているのではないか、と私は前々から感じていた。たとえば化粧品の商品撮影では、ボトルの光の反射やテクスチャーのみずみずしさなど、実際に置いてみて初めて感じることがある。メイクならばモデルの肌の色とどんな場面や場所での撮影なのかによって大きく変化する。
ところが、デスクプランできれいに作りこまれたイメージラフ案が時々これを邪魔する。偶然生み出されたアイデアは排除され、安全策として当初のプラン通りのものが作られ、もし余裕があったら偶然案も用意しておく、といった状況にするのが普通の制作者の選択。それも限られた時間の中で行うことになるので、「のちのちデジタル加工で修正すれば...」などの判断も入り、当然ながら偶然案のパワーも削がれていく。
アナログの時代、ものづくりは手探りと賭けの連続だった。広告制作も今とは違い、手書きの線画ラフで撮影に臨み、想像力をフル活用して現場であれこれ試行錯誤した。そのため型にはまらないチャレンジから、新しいものが生まれることも多かった。ところが最近はそういった現場での駆け引きが少なくなり、そもそも企画段階でリスクが少ないと判断できる、無難なものに収まる傾向が強くなっているように思う。
はたして無難に小さくまとまって、お客様にきちんと「熱い心」が伝わるのだろうか? 時にはもっと自由に、型破りなチャレンジをしてもいいのではないだろうか、と思っていた。
ところが今回は、得意先の会長様が直々に現場でモノを見てジャッジしてくれたので、いろいろと面白い偶然案が採用された。「現場力」のパワーが復活したのである。
「現場力」の大切さは、広告制作に限らず、どんな場面でも言えることだと思う。たとえば営業ならば予期せぬ出会いを生かす柔軟性、開発ならば失敗から新しいアイデアを見つけ出す多角的な視点、経営ならセオリーに当てはまらない突然のチャンスを逃さない判断力など、日々生まれる現場の状況変化にスピーディーに対応していくことは、必ず「改善・改良・進化の大きなパワー」になるはずだ。
私自身も、いつまでも「現場力」向上を目指して日々努力していきたいと思う。
鯉渕登志子
(株)フォー・レディー代表取締役
1982年㈱フォー・レディーを設立。大手メーカーの業態開発や通販MD企画のほか販促物制作などを手がける。これまでかかわった企業は50社余。女性ターゲットに徹する強いポリシーで、コンセプトづくりから具体的なクリエイティブ作業を行っている。特に通販ではブランディングをあわせて表現する手腕に定評がある。日本通信販売協会など講演実績多数。
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