第16回 水ではなく自らの

はじめに

 化粧品は、一体何からできているの? と聞かれ、1アイテム当たりおよそ30品目以上の処方構成の中で作られているので......しかし、一番多く使われている原料は水であると思う。まさに水商売である。その次は、処方構成からいってさまざまな油脂がくるのだろう。

 では、その原料はどこで誰がつくったの? と聞かれ、天然由来や合成由来だけでは回答が寂しい。もっと知りたい、きっと先人たちの歴史があるはずである。日本で命名された化粧品原料もある。そこで今回は2人の日本人を紹介しよう。

辻本満丸1)

 明治後半の農商務省所管の東京工業試験所(現在の産業技術総合研究所の前身)の技師であった、辻本満丸博士の話である。辻本はある魚油会社からの依頼により、焼津近海で捕獲されたクロコザメなどの分析を行い、さらに興味をもち小田原産の同種のサメ肝油を手に入れ分析を行った。

 その結果、肝油はケン化が低く多量の不ケン化(アルカリを加えても石鹸にならない物質)を含んでいること、しかも不ケン化物はヨウ素価(二重結合をもっている指標)が極めて高いことなど、従来の魚油と異なる特徴があることを知った。ちなみにサメには浮袋(鰾)がないので、深海で浮力を得るために肝臓に蓄えた脂質を利用している。肝臓は極めて大きく全体重の25%ほどを占め、90%が油により構成されている(図1)。

化粧品のリテラシー1.jpg

(図1 アイザメの肝臓)

 そこで、不ケン化物から分離・精製したところ、ある種の二重結合の多い炭化水素化合物らしい物質が存在することを発見した。1906年(明治39年)に工業化学雑誌1)に発表したことが発見のきっかけとなった。構造が炭素30水素50であることを確認し、この新規炭化水素が学名ツノザメ科(スクワリデー)のサメ(図2)に多いことから、1916年「スクワレン(当初スクァレンと表記)」と命名する。辻本が若干39歳の時である。

化粧品のリテラシー2.jpg

(図2 日本近海のツノザメ科 Squalus brevirostris)

 翌年の1917年、英国のチャップマンは、ポルトガル産のツノザメ科(英国の科名、スピナシデー)でサメ肝油を確認しスピナセンと命名した。しかしその翌年1918年、彼はなぜかスクワレンと同一物ではないことを主張する。その時辻本は、「チャップマン氏の研究が全然独立に行はわれたることを信ずると共に本炭化水素の発見及び命名の先取権は著者の報文にあること明白なるべし」(原文)と述べ、スクワレン命名権を主張し反論した。さらに、辻本は1923年にスクワレンの水素付加物を合成し、分子式で炭素30水素62であることを確認し「スクワラン」と命名した。

 当初スクワレンやスクワランの利用目的が、実は化粧品原料ではなかった。凝固点はきわめて低く-70℃近いし、沸点は常圧で約300℃におよぶ。このような幅広い液状油が当時あまりなかった。よって第二次世界大戦中に、戦車や戦闘機の潤滑油として軍需目的でスクワランは利用されていたのである。

 辻本は、サメ肝油以外にも、海産動物油、淡水産魚油、昆虫油や植物油など広い範囲にわたって、その性状、成分を明らかにしている。化粧品に使われる原料では、香川県小豆島のオリーブオイルにもスクワランが存在することを1936年に見出していたし(植物性スクワラン)、プリスタン、バチルアルコールやキミルアルコールもそうである。研究や実験の内容が几帳面に記録されて整理された手帳のナンバーに、博士の研究に注いだ情熱が感じられる(図3)。

化粧品のリテラシー3.jpg

(図3 辻本博士の研究手帳)

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島田邦男

琉球ボーテ(株) 代表取締役

1955年東京生まれ 工学博士 大分大学大学院工学研究科卒業、化粧品会社勤務を経て日油㈱を2014年退職。 日本化粧品技術者会東京支部常議員、日本油化学会関東支部副支部長、日中化粧品国際交流協会専門家委員、東京農業大学客員教授。 日油筑波研究所でグループリーダーとしてリン脂質ポリマーの評価研究を実施。 日本油化学会エディター賞受賞。経済産業省 特許出願技術動向調査委員を歴任。 主な著書に 「Nanotechnology for Producing Novel Cosmetics in Japan」((株)シーエムシー出版) 「Formulas,Ingredients and Production of Cosmetics」(Springer-Veriag GmbH) 他多数

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