第43回 違いではなく近い

【C&T2020年7月号6面にて掲載】

はじめに

 イソップ童話の「うさぎとかめ」は、足の速いウサギと遅いカメが競走し、油断して眠ったウサギに、カメが勝利する物語だ(図1)。ゆっくりでも着実に前進する大切さを伝える話とされる。これは世界的に有名だが、人や国によって解釈が異なるようだ。

 ある国際会議で、エジプトの学者はウサギとカメの競走自体が愚かだと力説し、ウサギにもカメにもそれぞれ良さがあることから、個性の尊重が童話の真意ではないかと述べた。

図1 イソップ物語「うさぎとかめ」

 一方、タイの学者は共に生きることがテーマと主張した。ウサギが横たわっているのに、なぜ声を掛けないのか。眠っているだけならいいが、病気やけがだったら大変だ。そんな時はウサギを起こして一緒にゴールを目指すことを子どもたちに教えたい、と同じ話でも国が異なれば受け止め方も違う。

 国や文化の「違い」があっても、化粧品の消費者との世界中の距離は「近い」。例えば海外で発症した新型コロナウィルスが、すぐに世界中に感染したように。そこで、今回は世界と日本による化粧品の規制について考えてみる。

国の違い

 日本国内の薬事法で「化粧品」とは、人の身体を清潔にし、美化し、魅力を増し、容貌を変え、又は皮膚若しくは毛髪を健やかに保つために、身体に塗擦、散布その他これらに類似する方法で使用されることが目的とされている物で、人体に対する作用が緩和なものをいう。

 医薬部外品は、2009年6月1日施行の薬事法(現・医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)改正に伴い、人体に直接用いられるもので、歯周病・虫歯予防の歯磨、口中清涼剤、制汗剤、薬用化粧品、ヘアカラーなどがこれに該当する。この定義や該当する各品目は、国によって若干の違いがあり、その範囲もさまざまだ。

 まず、日本の医薬部外品というカテゴリーは米国やEU(European Unionの略)にはない。ちなみに日本に類似しているのが韓国で、染毛や育毛などの「医薬外品」、美白、しわ、日やけ止めの「機能性化粧品」に分かれ、台湾では「含薬化粧品」という類似規制がある。

 例えば、日本国内では医薬部外品として取り扱われる制汗剤はEUでは化粧品として取り扱われている。また、日本国内では医薬部外品として取り扱われる日やけ止めは、米国では、なんと医薬品として取り扱われている。こういった背景から、同じ化粧品であっても、日本と海外とでは標榜できる効能効果が異なる場合がある。

 ここ数年、日本国内で流通している化粧品について、その容器包装等に化粧品の効能効果の範囲を超える表現を記載したことが原因で、回収となった事例が年に数件程度報告されている。その中には、英語による表記の内容が不適切と判断された事例が含まれている(図2)

図2 回収原因の英文例

 これは、日本と海外とでは標榜できる効能効果が異なる場合がある。その他、化粧品の販売名に、化粧品の効能効果の範囲を超えた意味のフランス語を用いて化粧品製造販売届を提出したところ、化粧品の効能効果の範囲を超えた表現に該当し認められない、と判断された事例も報告されている。英語以外の言語であっても行政による取り締りの対象となり得るのが日本の実情だ。

世界が近い

 ここで2つの例を紹介する。最初は、EUで2015年に衛生用品に使用禁止されていたトリクロサンの話である。2016年に米国食品医薬品局(FDA)が、トリクロサン等19成分を含有する抗菌石けんを米国において1年以内に販売を停止する措置を発表した。動物実験では、感染症の危険増加、肝硬変や肝細胞がんの発生、抗生物質の耐性菌増加が判明した。

 米国での措置を踏まえ、日本化粧品工業連合会及び日本石鹸洗剤工業会は、これらの成分を含有する薬用石けんに関し、これらの成分を含有しない製品への切り替えに取り組むよう会員各社に要請した。

 当時、薬用石けんは約800品目承認されていたが、当時これらの製品に健康被害は報告されていなかった。しかし、当時の厚生労働省は、製造販売業者に対して、流通する製品の把握と、製品を1年以内に代替製品に切り替えるための承認申請を求めるとともに、その際の承認審査を迅速に行うことを通知した。

 次は1970年代頃から「美しさのために動物を犠牲にしたくない」という消費者による動物実験反対の話だ(図3)。欧米では、この運動で動物実験はしないと宣言するメーカーをたくさん生みだした。そして、その声はEUの政治をも動かした。以下にその経過を述べる。

 1993年/欧州議会が決議 化粧品の動物実験を段階的に禁止

 1997年/オランダ、ドイツ、オーストリア、イギリスなどのEU加盟国が、自国の法律にて化粧品の動物実験を禁止や廃止へ

 2004年/EU域内での、化粧品の完成品の動物実験禁止

 2009年/EU域内での、化粧品原料の動物実験禁止/EU域外で動物実験がされた化粧品の完成品と原料の、EU域内での、販売(取引)禁止(一部例外あり)

 2013年/化粧品(完成品、原料、原料の組み合わせ)の動物実験が例外なく完全禁止となる

図3 海外での化粧品動物実験反対運動

 しかし、いまだに日本では動物実験に対するいかなる法規制もない。ただし、市民の動物実験に反対する気運の高まりとともに、業界が自主的に動物実験を廃止する方向になり、動物実験に代わる試験方法が開発された。

 培養細胞や人工皮膚モデルを使って化学物質の毒性を調べたり(図4)、コンピュータシミュレーションから毒性を推定するなど、生きた動物を使用しない方法だ。

 こうした試験を経て、最終的にヒト試験で安全性や有用性を確認して、原料の段階から動物試験をしない化粧品が生まれてくるようになった。

図4 培養細胞による安全性試験

おわりに

 冒頭の「うさぎとかめ」について、ある女子高校生たちがその先の物語を考えたという。カメとの競走に負けたウサギは「今度は寝ないぞ」と決意し、再びレースに臨むが、コースの途中に川があり、立ち往生。そこへカメが追い付き、スイスイと泳ぎだす。」

 しかし、しばらくするとカメは戻ってきて「僕の背中にお乗りよ」と。向こう岸まで着くと、ウサギは言いました。「君は泳ぎが上手だね。僕は走るのが得意だ。今度は僕が走るのを手伝うよ」ウサギとカメは力を合わせ、ゴールしたのでした。

 彼女たちは「異なる文化や互いの差異を尊重することの大切さ」をメッセージとして込めたという。世界もこんな風に助けあって発展したら素晴らしいだろうなと想った、『おしまい』。

 参考文献
 1) https://note.com/zucchini_232/n/n39d641af7adb(2020年4月13日アクセス)
 2) https://www.haya-gyou.net/トップ/薬事-広告法務コラム/第%EF%BC%98回-国内外における化粧品の違い/(同)
 3) https://www.java-animal.org/animal-testing/animal-testing2/(2020年4月10日アクセス)
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島田邦男

琉球ボーテ(株) 代表取締役

1955年東京生まれ 工学博士 大分大学大学院工学研究科卒業、化粧品会社勤務を経て日油㈱を2014年退職。 日本化粧品技術者会東京支部常議員、日本油化学会関東支部副支部長、日中化粧品国際交流協会専門家委員、東京農業大学客員教授。 日油筑波研究所でグループリーダーとしてリン脂質ポリマーの評価研究を実施。 日本油化学会エディター賞受賞。経済産業省 特許出願技術動向調査委員を歴任。 主な著書に 「Nanotechnology for Producing Novel Cosmetics in Japan」((株)シーエムシー出版) 「Formulas,Ingredients and Production of Cosmetics」(Springer-Veriag GmbH) 他多数

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