第55回 自然ではなく当然

【C&T2023年7月号6面にて掲載】



はじめに

 少し前になるが、野球のWBCで盛り上がっている最中の2月16日、大谷翔平選手は自身のInstagramアカウントからロッカールームの画像を投稿した(図1)。その画像には、「コスメデコルテ」の化粧水とクリームが小さく写り込んでいた。

 この投稿がSNSで大きく話題になり、「大谷選手が愛用している商品」ということで、売り上げを伸ばしたと友人から聞いた。既にコーセーが大谷選手を広告に起用していたが、投稿を見た人の多くは、それを「宣伝」としては捉えず、自然と商品を受容し好感を抱いたのだろう。化粧品の世界でモノが売れヒットするには、強制や意図と異なってそういう意識のない流れのようなものがあるかもしれない。

 PR媒体の広告だけでなく、商品開発にも同じようなことがいえるのではないだろうか。思ってもみない方向に商品開発が進み、そこから生まれることも少なくないと思う。今回は美容液の誕生と、沖縄の美容液の香りについて“自然”ではなく“当然”のように流れが変わった経緯を述べてみたい。



美容液の始まり

 一般に美容液は、保湿成分や美白成分などの成分が濃縮して配合され、他の基礎化粧品よりも高濃度で配合されているために高価格であることが多い。日本で初めて、その先駆けとなったのは、1975年にコーセーが発売したスキンケアのイメージを大きく変える美容液「アルファード R・Cリキッドプレシャス」(図2、以下、R・Cリキッド)である。

 1960年代のスキンケアは、乳液やクリームなど油分の多い化粧品を使って“油膜”で肌を守ることが主流だった。しかし、1970年代に入るとライト感覚のより使いやすい化粧品が求められるようになり、皮膚そのものに関する研究も進み、美しい肌に一番大切なものは実は「水」であり、「肌の水分をキープする」ことだと理解する。



 その水分を分子レベルで肌にとどめておく機能を持つものが、肌の中にある水溶性の天然保湿成分NMF(Natural Moisturizing Factor)成分だということが解明された。このNMFに着目し、いち早く「油分から水分へ」と開発のテーマを変え、NMF成分の特性を生かしたスキンケア化粧品の開発に取り組んだことが、スキンケアに革命を起こす「美容液」という新カテゴリーを生み出すことになる(図3)

 「R・C リキッド」はクリームのようなベタつきはなく、誰もが無理だと考えた「肌上の保湿成分に近い化粧品を創ろう」という新たな発想で、みずみずしさとリッチ感のあるスキンケアにこだわって開発された。NMFの成分は52%がアミノ酸類だったので、アミノ酸系の乳化剤を使って皮表脂質に近い組成のオイルを水に溶かしこむという方法により、全く新しいタイプのスキンケア化粧品を「美容液」と名づけて発売した。

 後に、「美容液は化粧品とは異なって粘度があり、保湿機能と共にクリームや乳液のようなエモリエント機能を持つもの」と認知され、1986年には、化粧品公正取引協議会から美容液を種類別名称の1つとして正式に承認された。以来、スキンケア商品の重要なカテゴリーとなった。



沖縄の美容液

 実は、弊社で4月に美容液「シナモンセラム」を発売した(図4)。起業当時からベースは「しっとり、サラサラ」感で決まっていたが、香りをどうするかは決まらなかった。沖縄の香りって何だろう? と1年間考えていた。月桃やシークヮーサーは美容液の香りに不向きで、ハイビスカスには香りがなく、海の香りもピンとこない。無香料にするか発売を延期するかと迷っていたある日、取引のある金融機関の女性に尋ねると「最近の人はフローラル系よりもハーブ系、シナモンなどを好む」と語ってくれた。



 ちょうどその頃、沖縄産カラキ茶に含まれる成分の三量体カテキンにはコロナウイルスに感染させた培養細胞のウイルス増殖を抑制する作用があることが琉球大学等により発表され、その存在を知った(図5)

 カラキは漢字で「唐木」と書き、中国から琉球に入り、約500年前の琉球王府で御用達の貴重な用木だった。その林野は、当時杣山(そまやま)として商売をすべて禁止し、密売を防ぐために番人がつくほど厳しく取り締まりが行われていたという。沖縄北部の大宜味村役場では苗木を農家に配り、優良樹を選抜して生産拡大に努めていた。

 そのカラキはシナモンの香りがするオキナワニッケイというクスノキ科の木だった。スリランカ産のセイロンシナモンと学名が違い(スリランカ産Cinnamomum verumに対して沖縄産カラキCinnamomum siebolbii)、茎だけでなくカラキの葉からもとれるのが特徴で、沖縄シナモンや琉球シナモンとも呼ばれる。

 これまで、お茶以外に飴玉や沖縄菓子(ポーポー、サーターアンダギー)、チョコレート、沖縄そばを地元で「オキナワニッケイの活用プロジェクト」として上市されてきた。カラキは漢方薬として使われてきたシナモンの香り成分「シンナムアルデヒド」と「オイゲノール」が含まれている。

 脳に働きかけて血流を良くし、プロアントシアニジンという成分がインスリンの分泌を活性化し、血糖値を安定させる働きもある。シナモンは高揚感をもたらす香りであり、気持ちを前向きにして現代社会のストレスや精神的疲労による神経衰弱の軽減、神経が過敏になってしまっていることで起こる不安・心配・そわそわ感などへの効果を期待しているのだろう。前述の「フローラル系よりもハーブ系、シナモンなどを好む」との意見も、最近の社会傾向かもしれないと思った。

おわりに

 100年以上前の有名な話だが、ガブリエル・シャネルは5という数字が孤児院の頃から好きだった。調香師のエルネスト・ボーに現代的で革新的な香りの開発を依頼した際、香水の試作品のガラスの小瓶が、1から5、20から24の番号を振られてシャネルの前に並べられると、彼女は当然、5番目の小瓶を選び出した。シャネルはボーに語っている。

 「5番目の月である5月の5日に発表する。この5番目のサンプルの名前は、運がいい名前だからそのまま使う」と。そしてクリスタルのダイヤモンドカットを施したシャネル N°5のボトルは、究極の名作としてニューヨーク近代美術館(MoMA)に収蔵された初のフレグランスとなっている。
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島田邦男

琉球ボーテ(株) 代表取締役

1955年東京生まれ 工学博士 大分大学大学院工学研究科卒業、化粧品会社勤務を経て日油㈱を2014年退職。 日本化粧品技術者会東京支部常議員、日本油化学会関東支部副支部長、日中化粧品国際交流協会専門家委員、東京農業大学客員教授。 日油筑波研究所でグループリーダーとしてリン脂質ポリマーの評価研究を実施。 日本油化学会エディター賞受賞。経済産業省 特許出願技術動向調査委員を歴任。 主な著書に 「Nanotechnology for Producing Novel Cosmetics in Japan」((株)シーエムシー出版) 「Formulas,Ingredients and Production of Cosmetics」(Springer-Veriag GmbH) 他多数

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