【週刊粧業2024年7月29日号7面にて掲載】
フレグランスの世界は、単なる「いい匂い」を超えて、豊かな物語と個性を表現する芸術へと進化しました。その変遷は、ネーミングの傾向からも読み取れます。かつてはゲランの「アクアアレゴリア」シリーズやシロ、ジョー マローンなど、原料を直接的に説明するシンプルなネーミングが主流でした。
しかし、その後「シャネル№5」や「ミスディオール」など、ブランドのアイデンティティを象徴するネーミングが登場。さらに、エルメスの「ナイルの庭」やマルジェラの「レイジーサンデーモーニング」といった、特定の場所や場面を連想させる「イメージ系」、ミュウミュウの「レゾーアラモード」やアナスイの「コズミックスカイ」のような、抽象的な概念や物語性を持たせた「ストーリー系」へと進化しました。
しかし、オンラインでの購入が一般化し、実際に香りを嗅ぐことなく選択する消費者が増えたことで、再び原料名を前面に出すシンプルなネーミングが増加傾向にあります。その傾向はバニラ、金木犀、桃、フィグ(イチジク)の香りの人気に現れています。
一方で、インディーズブランドの中には、香調を全く想像できないような独創的なネーミングを採用するものも。「知る人ぞ知る」ブランドを好む層や、他人と被らない個性的な香りを求める消費者のニーズに応えるためです。
フレグランス選びにおける消費者心理は様々です。「一番売れている香り」というタグを見て、「他人と被る香りは使いたくない!」と感じる人もいれば、逆に「人気の香りなら失敗しないので安心」という人もいます。フレグランスは、スキンケアやメイクアップ製品とは異なり、より強く個性や自己表現と結びついているのです。
モノを売るだけではなく、没入感を提供するブランドも増えてきました。たとえば、銀座SIXや麻布台ヒルズにある「FUEGUIA1833」のショールームでは、まるで美術館に行ったかのような体験ができます。
テクノロジーとの融合も注目されています。LVMHが発表した「オルファクティブ・ランドスケープ」は、VRとAIを活用して香水の世界観を視覚的に体験できる革新的なアプローチです。これは、フレグランスが単なる「香り」を超えて、総合的な感覚体験を提供する方向に進化していることを示しています。
このように香り業界は、フレグランスが持つ物語性や個性を最大限に活かした新たな顧客体験を創出してきました。様々な工夫により香りの楽しみ方も多様化し、かつてないほどに盛り上がりをみせています。
廣瀬知砂子
女性潮流研究所 所長 / 商品企画コンサルタント
実践をモットーとする化粧品コンサルタント 現場発想で生み出した独自の商品企画法やトレンド分析法で、大企業から中小企業まで多くのヒット商品を手がけている。
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