プラネット・玉生弘昌社長、現地の踏ん張りに復興を確信~災いから得た教訓活かす現在

カンタンに言うと

プラネット・玉生弘昌社長、現地の踏ん張りに復興を確信~災いから得た教訓活かす現在

 東日本大震災が発生して多くの小売店が被害を受け、何かを買いたくても買えない状況が被災地に続いた。

 小売店はひっ迫感のなかで「何とか(営業を)再開しよう」とする志を失わず、掘っ立て小屋であってもいいから消費者へ生活材を提供しようとしていた。

 この時に(被災地域の)卸が何とかして商品を届けようとした行動は、(卸と店舗に)素晴らしい連携を生んでその必要性を再確認することができた。

 そうして1年間以上が過ぎ、ここ東京から見ている分には(消費や供給が)戻ったように思う。一時は備蓄に関する特需が起こるなど、むしろ取引が活発化する場面もあったが、今は安定的になったと見ることができる。必ず復興はする。必死でやっている現地を見ると、間違いなくそうなると思っている。

 震災から得た教訓の1つとして、一生懸命にBCPを始める企業が出てきた。地震が発生した直後、卸が小売店に必死で商品を届けようにも物流がダウンして叶わない場面があったことから、一例としてセンターに発電機を置くなどの対応が増えている。

 本来、発電機は不意の停電リスクに対応するものだが、今夏も実施の可能性が否定できない計画停電に備えての動きだと言える。

 また、非常時における通信手段を確保するため、いろいろな手を打っている企業が少なくない。

 これを当社に係わる事例に置き換えて説明すると、(災害時の流通環境を確保するために)データセンターに関する問い合わせがかなり増えているという。

 震災後の半年間は特に多く、現在は(採用・導入へ)具体的な話に移行しているようだ。

 実際、“世界最大級”をうたっているデータセンターは壁の厚さが2メートル以上ある堅牢さで、大地震がきてもバックアップの必要が無かった。仮に隕石が落ちてきても(関東以外の)大阪でスタンバイしている。

 設備を動かすのは人間であり、当社のようなインフラ企業は非常時に社員の対応が問われる。

 その点、3-11当日に当社社員が見せた行動は問題がなかった。あらかじめ設けていた(災害時の)「初動マニュアル」よりも、社員らは普段からのBCPにおける意識で「何をすべきか」を考えて動いた。よくやったと思う。

いま大切なのは科学的判断、誤った風評廃した生活へ

 現在は放射能に関し、無知が災いして大いに騒いでいる。国会では(放射能に関する)いろいろな議論が交わされているが、本質をわかっているのか疑わしい人が大半を占めている。

 もともと地球は放射能に満ち満ちていた。それが、40億年経ってウランが半減期を過ぎて最後は鉛になって放射線を出さなくなっている。

 そうした非常に長い歴史のなかで生命が誕生する過程において、放射線に弱い種は当然ながら絶滅してしまうことから、基本的に(現存する生物は放射線に)強くなっていると考えていい。

 厳密にいうと、個々で考えた場合に(可能性のうえで)発ガンすることは有り得る。ただ、その確率はごくごくわずかなもので、100ミリシーベルトに達した場合でガンになる確率が5%増えるとされている。そもそも、放射線でガンになる確率が2%だという。

 また、いまこの瞬間に宇宙線が飛んできてガンになる確率は、言い方として「ある」ということになるが、ほとんど無視していい。このように、心配していたらキリがない危険因子がある。

 これに対し、煙草によるガンの確率は30%であるほか、ウイルスや細菌による発ガンの可能性も30%とされている。

 また、自動車に乗ることは死ぬ確率を秘めているから乗らないかといえば、そうではない。飛行機にも同じことが言える。

 恐らく発ガン物質としてはダイオキシンの方が怖い。これは催奇性があることから、数年経ってがれきによるダイオキシンが何かの問題を引き起こす可能性はある。

 1つの結論として、科学的な判断に立って普段の生活をすることが求められている。日本が国際的に誤解されないためにも、合理的な理解をして合理的に行動することが大切になっている。

戦後の力を再現で復興へ、国家的風土に見る優位性

 がれきや放射能など物質的な問題だけではなく、東日本大震災は日本人の心に与えた影響が少なくなかった。「絆」という言葉が盛んに言われたように、人と人のつながりを大事にしようという気持ちが蘇った。

 もともと日本は集団主義の国家であり、お互いで「良かれ」と思える選択をしてきた国民と言える。ところが、核家族化や首都圏の単独生活者が増えるに従い、個人主義が蔓延して絆が途切れてしまった傾向がある。

 集団主義が1つの「こうすべき」という方向へ束になった時、もの凄い力を発揮する。戦後の復興期などまさにそれで、1960~1970年代の日本は「先進国に追いつけ追い越せ」と強大な力で突き進んだ。そうした国家的風土を持つ日本は、必ず本格的な再生に向かっていくと確信している。

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