コーセーは東北大学 多元物質科学研究所 ソフトマテリアル研究拠点 陣内浩司教授らとの共同研究により、クライオ電子顕微鏡を用いてスティック型口紅の微視的構造を、成分の欠損や構造変化をさせることなく観察する方法を開発した。
油性試料をクライオ電子顕微鏡で観察できた報告は希少であり、この技術は口紅本来の微視的構造を可視化できることから、製剤開発や品質保証に有用という。研究成果の一部は、第1回日本化粧品技術者会(SCCJ)学術大会にて発表した。
口紅は唇を彩り、口元や表情を魅力的に見せることができる代表的なメークアップ化粧品の1つで、近年では色だけでなく、光沢感、濡れ感などの質感を含めて多様化し、落ちない口紅など機能性を付与した商品も数多く販売されている。
その成分や構造に目を向けると、例えばスティック型口紅はワックスや液状油のような油性のベースに、色を付ける顔料や輝きを演出するパールなどを練り込んで作られていることが一般的だ。口紅の硬さはこのワックスの種類と構造に依存しており、使用感や製剤としての安定性にも大きく関係していると考えられている。
この微視的な構造を分析するためには解像度が高い電子顕微鏡が用いられるが、従来の観察方法では真空状態が求められるため、前処理で液状油を取り除く必要があり、口紅本来の構造を観察することができなかった。
そこで同社は液状油部分も含めた口紅本来の構造を観察すべく、クライオ電子顕微鏡に着目した。この顕微鏡で観察すると、-196℃などの極低温にすることで水分などの真空で揮発する成分を除かずとも試料を観察できることから、水分を多く含む生体試料を本来の構造を保ったまま観察できるなど有用性が高く、2017年にはノーベル化学賞を受賞している。一方で口紅のような、ワックスや液状油のような油分を主成分とする試料での適用例はほとんどなかった。そこで研究グループはクライオ電子顕微鏡の技術を応用して、口紅本来の微視的構造の分析に取り組んだ。
具体的には、ワックスと液状油のみで単純な処方の口紅を作成し、水を含む試料を観察するクライオ電子顕微鏡の条件で観察を試みた。複数の観察条件を検討したが、いずれも電子線による試料への熱ダメージが発生し、明瞭な観察像を得ることができなかった。そこで油性試料であることを踏まえて条件検討を重ねた結果、熱ダメージを抑え、明瞭に観察できる条件を見つけ出すことに成功した。
こうして得られた口紅本来の微視的構造を観察すると、例えば、ワックス部分で縞状の構造が確認できた。これは口紅内でもワックス同士で結晶構造を形成していると考えられ、これまでこの分野で仮説として考えられてきたことの証拠の1つになり得るもので、前処理による成分除去や構造変化を生じることがない、クライオ電子顕微鏡による観察を口紅に適用できたからこその成果といえる。
次に、口紅には欠かせない顔料を加えた口紅のクライオ電子顕微鏡での観察を行った。顔料は彩りを与える反面、過剰に加えると口紅の硬さが低下し、スティック形状を保てなくなったり、使用時に簡単に崩れたりすることが知られており、配合量にはバランスが求められる。
観察の結果、顔料を加えることでワックス部分の構造が細かく分岐し、厚みが薄くなることがわかった。
このことから、顔料によりワックスの構造が変化し、脆弱になることで口紅全体の硬さが低下する可能性が示唆された。今後このような構造変化を制御する方法が見つかれば、これまで実現できなかった色彩や形状の口紅の開発が可能になることが期待できる。