粧業日報 2024年3月13日号 2ページ
カンタンに言うと
コーセーは、産業技術総合研究所(産総研)、近畿大学、北里大学と共同で、地球的・地域的規模の環境変化のために減少が危惧されている造礁サンゴ類(サンゴ)への迅速な環境影響評価を可能にする新規の評価手法を確立した。そして日やけ止めの成分などの化学物質がサンゴに及ぼす影響を代謝プロファイルから明らかにし、サンゴに対する新たな環境影響的知見を得ることに成功した。
この研究によって得られた成果は、サンゴなどの海洋生物を用いた環境影響評価方法の重要なモデルとして活用されることが期待される。なお、この成果は3月5日(現地時間)に英国のNature Publishing Groupのオープンアクセス誌「Scientific Reports」に掲載された。
現在、人為的な化学物質の自然界への流出や栄養塩循環の崩壊による生態系への悪影響が非常に懸念されている。地球の限界を示すプラネタリーバウンダリーの観点では、9つの境界のうち、化学物質の流出と栄養塩循環の崩壊を含む6つの境界は既に越境しており、マイクロプラスチックをはじめ海洋における化学物質の規制への取り組みの意識が高まっている。また、企業の環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)に対する取り組みを評価して行うESG投資に注目が集まっている。
ESG投資をさらに加速させるTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の最終提言が2023年9月に発表されるなど、自然環境に配慮した企業活動が強く求められ、ネイチャーポジティブの実現に向けた取り組みの重要性が高まっている。
こうした背景から、化学物質が海洋生物にどのような影響を及ぼすのかを明らかにするための評価手法のニーズが高まっている。サンゴは海洋生態系を代表する象徴的な存在であるため、サンゴに対する信頼性の高い環境影響評価手法の確立は急務となっている。特に近年、一部の日やけ止め成分がサンゴに悪影響を及ぼすとの報告がなされており、日やけ止め成分がサンゴに与える影響を迅速かつ簡便に評価する手法の確立が求められている。
産総研は、サンゴ幼生を着底させ、人為的に共生褐虫藻を添加することで、褐虫藻有無の条件に分けたサンゴポリプを育成し、それを用いて日やけ止め成分の1つであるオキシベンゾン-3と、サンゴ-褐虫藻共生体の環境感受性に影響を及ぼす栄養塩(アンモニウムと硝酸塩)暴露サンプルを用意した。
しかし、サンゴポリプの直径はわずか2mm程度と非常に小さく、従来のメタボローム解析を適用する場合には、試料量を確保するために複数のサンゴポリプを混合し、抽出操作などの前処理を行う必要があった。この場合、大量のサンゴポリプを育成する必要があることに加え、得られた結果も平均化されてしまうという欠点を有していた。そこで今回の研究では、微細試料の分析が可能な PESI/MS/MSを用いた新たな代謝解析プラットフォーム:PiTMaP(Zaitsu, Iguchi et al.,2020)をサンゴポリプに適用した。その結果、たった1つのサンゴポリプから代謝プロファイルを取得できることを新たに見出した。
特に、研究ではサンゴポリプ1つごとに解糖系、クエン酸回路、尿素回路、ペントースリン酸経路、グルタチオン代謝、メチオニン経路を構成する代謝物を観察することに成功した。得られたメタボロームデータは、PiTMaPプラットフォームを応用することで、多変量解析も自動的に実行される。多変量解析の1つである潜在構造投影判別分析(Projections to latent structures-discriminant analysis, PLS-DA)を適用した結果、褐虫藻のないサンゴポリプでは、オキシベンゾン-3によっていくつかのアミノ酸の減少など、顕著な代謝プロファイルの変化が見られた。その一方で、褐虫藻を持ったサンゴポリプでは、オキシベンゾン-3暴露による代謝プロファイルの変化は見られなかった。
同様の傾向は、アンモニウム暴露サンプルでも確認された。これは、共生褐虫藻が暴露物質によるサンゴ本体への悪影響を除去している可能性を示している。
今回確立した評価手法は、従来のメタボローム解析で必要であった煩雑な前処理操作が一切不要となる。一般にメタボローム解析の前処理操作には1日から2日程度の時間を要していたが、今回の手法を用いると、わずか3分程度でたった1つのサンゴポリプから内因性代謝物を解析することが可能となった。
今回確立された新たな評価手法は、サンゴの環境影響評価に広く活用されるほか、人為起源物質の影響軽減に向けた代替物質探索のための迅速な手法として活用が期待される。また、化学物質などのリスク評価だけでなく、成長増加・代謝促進のようなポジティブな影響評価にも活用が見込まれる。
コーセーは、サンゴ養殖の専門家と共同で日やけ止めやその成分がサンゴの成育に与える影響の外観評価などを行ってきており、今回の評価手法も活用することで、今後も海の環境に配慮した製品開発に取り組んでいく。
この記事は粧業日報 2024年3月13日号 2ページ 掲載
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