2つの化粧品技術を活用し自分に合う五感体験の提供へ
――開発の経緯を教えてください。
本川 入社以来、約20年にわたり美白一筋で研究に取り組み、5年ほど前から新たな取り組みとしてこのプロジェクトを主導してきた。
化粧品の開発技術を通じて化粧品以外の価値を創出していこうという会社方針が打ち出される中、より多くの人々に心身が満たされる瞬間を体験してもらえるような世界を、化粧品の開発技術をうまく活用してつくっていきたいと考え、自分に合った五感体験で心身が満たされていく技術の構築に取り組んだ。
「me-fullness」はウェルビーイングとほぼ同義で、心と体が満たされるような体験が日常の当たり前になることを目指している。
心身が満たされた状態に導くことができれば、心にも余裕が出てきて、些細な瞬間とかに豊かさとか幸せを感じられるようになり、色々なことにチャレンジするときの大きな支えになる。そのような世界を目指し、開発を進めてきた。
――スマートフォン向けアプリに盛り込まれた技術について教えてください。
本川 自分と合う五感体験で心身が満たされていく技術を構築するうえで、主に2つの化粧品技術を活用した。
1つ目は、自分自身の心と体の状態を簡単に知るという技術であり、通常はアンケート形式で行うが、それを継続的に行うことは難しく、自分の精神状態を自分自身で把握するのは困難といえる。そこで着目したのが、我々が得意としている肌分析技術だった。
肌はよく内面を映し出す鏡といわれているが、肌を見れば簡単に自分自身のことがわかるのではないかと考えた。実際、ストレスや疲労が溜まると、肌がかさついたり、吹き出物が出たりすることを解明していた。肌と心の関係性に着目して既存の肌分析技術をうまく活用できれば、その奥底にある内面の状態を分析できるのではないかと考えた。そして実際に、肌状態とストレスや疲労の状態のデータを収集し、肌から自分の状態を分析するロジックを構築した。
開発にあたっては、顔から疲労・ストレス状態を分析すべく、3つのアプローチで技術の構築に取り組んだ。
まず1つ目のアプローチとして、顔色の微細な変化を解析する技術を構築した。実は我々の顔は血流により約1秒ごとに微妙に肌色が変化している。この顔色の変化を検出することで、心拍数や自律神経の状態を推定することができる。
次に2つ目のアプローチとして、既存の肌分析技術を応用した。ストレスや疲労が溜まると肌のコンディションが悪化するため、肌の質感を分析することで疲労リスクを分析することができる。
最後に3つ目のアプローチとして、POLAのスキンケアブランド「APEX」で採用している「角層分析」の技術を応用した。当社では角層細胞の形と血液・尿の中に含まれる疲労物質との間に関係性があることを突き止めた。角質細胞の画像を分析することで、疲労状態をより深く分析することができる。
アプリの設計にあたっては、自宅や職場で気軽に使ってもらうことを想定し、まずは1つ目の「簡単に自分を知る技術」と2つ目の「気軽に心身を満たす技術」を盛り込んだ。将来的には3つ目の「角層分析技術」についてもアプリに搭載していく予定だ。
――盛り込まれたもう1つの化粧品技術について教えてください。
本川 自分の心と体の状態を把握したうえで、自分の心と体を満たす体験をつくっていく課題に対しては、化粧品の触覚技術を活用した。
当社では研究を進めるうえで、成分開発はもちろん、触覚や手触りという化粧品に欠かせない感触に関する技術開発も重視している。この技術を活用し、どんな触覚刺激を与えれば、心と体が満たされた状態に変化していくかを検証した。その結果、ある心拍のような振動を与えることで、我々の心の状態が整えられることを発見した。子どもがお母さんから寝る時にやさしくとんとん叩かれて落ち着くようなことに近く、ある振動パターンによって、人の気持ちはより落ち着いていく。この触覚技術をロジックに組み込んだ。
ただ、触覚だけでは心と体を満たすことはできないので、五感体験を組み合わせてソリューションを構築すべきと考え、触覚の振動パターンに合わせてプロに作曲を依頼し、世界に類のない曲の作り方に取り組んだ。そして触覚を中心とした五感体験をアーティストとともに完成させた。
アプリは夜用と昼用2つのパターンを用意
――アプリの概要について教えてください。
本川 我々はこのアプリを通じて、より多くの人々の心や体の状態を満たしていくことを実現していきたいが、それを全面に押し出しても中々理解されにくいため、「ストレスや疲労によって起こる課題の解決をサポートします」という見せ方でアプリの作り込みを行った。
このアプリに搭載された技術は、大きくは「肌状態から自分の心と体を知る技術」と「触感とアートで心安らぐ体験を提供する技術」になる。
アプリには、心と体を満たす体験を気軽に日常生活に取り入れてもらいたいという思いのもと、昼用と夜用の2つのパターンのコンテンツ体験を用意した。
自宅でできる夜用のme-fullnes「MID NIGHT BLUE」モードは、夜寝る前、心身の負担から解放されたい時に使ってもらうことを想定し、作り込みを行った。頬の肌色の変化を分析し、疲労度・エネルギー・自律神経の状態を導き出すロジックが搭載されており、総合評価として、心と体の疲れ具合が可視化される。これをもとに、「振動(触覚)×音色(聴覚)×アート(視覚)」で五感を通じた心地よいコンテンツ体験を提供する。無料版では心拍数に合った1つの楽曲、有料版では3つの楽曲を提供していく。利用者がコンテンツを選ぶと、その時の自分の心拍数と同じ振動が伝わってきて、振動パターンに合う曲や映像が流れてくる。
会社でできる昼用のme-fullnesオンタイムモードは、夜用のモードとは異なり、周囲に人がいても気軽にコンテンツ体験ができることが重要であることから、簡便な仕様に努め、指先を使った簡便な分析を搭載した。「振動(触覚)×アート(視覚)」でコンテンツ体験を提供する。
昼間に特有の機能として、3つのシーンを想定し、頭をシャキッと活性化させたい時向けに「RED」、仕事の合間で一息つきたい時向けに「GREEN」、気持ちを落ち着かせて冷静になりたい時向けに「BLUE」を用意した。
振動のパターンを変えることで、元気になったり、リラックスすることが解明されており、その技術を昼用コンテンツの振動パターンに応用した。
アプリにとどまらない価値創出を目指す
――今後の展望をお聞かせください。
本川 20~50代の男女約1500名を対象に行った実証試験では、約7割が気持ちの切り替え効果を実感したと答え、9割以上がさらなる体験メニューにも期待を抱くなど、想定以上の結果が得られた。
特に、アプリの体験を通じて「もっとリアルな体験をしていきたい」という声が非常に多く寄せられ、利用された方々の意識をポジティブに変えるアプリとしての優位性や、アプリにとどまらない価値創出の可能性を見出すことができた。
今後は、「アプリ内体験」をフェーズⅠ、「モノの体験」をフェーズⅡ、「コトの体験」をフェーズⅢと位置づけ、自宅や職場だけでなく、教育現場や電車・飛行機などの移動空間、エンターテイメント、スポーツなどあらゆるシーンにこの機能を拡張させていく。これにより、自分と合う五感体験で心身が満たされていく体験を、より多くの方々に提供していきたい。
一例として、水族館などの場とスマホの技術を組み合わせることで、リアルな体験をもっと活性化させることができるかもしれない。オープンイノベーションの精神で五感を通じた体験メニューの拡張を、我々の取り組みに賛同し、心身を満たすことに取り組むパートナーとともに進めていきたい。
まず、第一歩として、年内にアプリ(iOS版)のリリースを予定している。
自社グループのスキンケアブランド「ポーラ」とのシナジーでは、単に肌をよくしていくということではなく、心身まで満たすことを想定している。
香りや感触など五感をフル活用することで、スキンケア体験をよりよいものにしていくことに挑戦していきたい。これが実現できれば、最終的に目指す「コト体験」の提供も視野に入ってくる。