グローバルでの事業拡大には
未来のいのちを守ることが不可欠
花王は、中期経営計画「K25」において、「未来のいのちを守る」企業への変革と発展に向け、「持続的社会に欠かせない企業になる」「投資して強くなる事業への変革」「社員活力の最大化」に取り組み、既存事業の再生をめざす「Reborn Kao」と、新事業の創成をめざす「Another Kao」両輪による改革を推進している。
これまでも花王は長い歴史の中で、原料高や感染症拡大という苦境に見舞われながらも「変革を図ることで苦境を乗り超え、より強くなってきた」と語る長谷部佳宏社長に、2022年の動向と2023年の展望について話を伺った。
唯一無二の事業をつくり上げ
グローバルにおいて成長を図る
――まず、2022年の市況や事業を取り巻く環境の変化について振り返っていただけますか。
長谷部 原材料価格は21年末頃から上昇しはじめ、22年1月にはその影響が顕著に出てきましたので、2月の決算説明会において戦略的値上げに不退転の決意で取り組むことを発表しました。トイレタリー領域において幅広く事業を展開する企業として、業界を先導する役割を認識し、先兵となって値上げを実施しましたが、これが呼び水となり、競合他社においても様々な形で動きがありました。
トイレタリー領域において原材料高の影響を出来る限り減じるという意味で、決意を示したことはよかったと思っています。
それ以降も、原材料価格高騰の勢いはとどまることなく、油脂価格が下がればパルプが上昇するといったように、種類や品目を変えつつ、その厳しさは今も全く変わっていません。そういう意味では、2023年も前半は少なくとも価格が高い状況は維持されると見ています。
一方、明るい材料は、新型コロナが収束に向かい始めているということです。中国でもゼロコロナ政策がようやく緩和されるようですし、日本でも穏やかな対策で感染症と共存する出口戦略が模索され始めています。出口をきっちりと示し、日常生活を取り戻すことができれば、日本は最も死者を出さずにコロナを乗り切った国になる可能性があります。
当社にとってコロナと原料高の業績に与えるインパクトは大きく、過去を振り返っても、様々なリスクにさらされ、業績が落ち込むこともありました。しかし、そのたびに社内に変革が起こり、会社として強くなっていきました。そういう意味では現在、体質改善や構造改革がものすごい勢いで全社一丸となって進んでいます。
――事業全般のトピックスについてはいかがですか。
長谷部 コロナ禍においては日用品の需要が底堅い一方、マスク生活が続き、リモートワークが定着化したことで化粧品の需要は低迷し、業績的にはかなりの影響を受けました。一方、当社の事業で最も海外売上比率が高いケミカルは好調に推移し、コロナ禍にあって成長を遂げています。
ケミカル事業は当初、1000億円にも満たない規模でしたが、今では5000億円に迫る事業へとステップアップしました。
私はケミカル事業を「グローバルの水先案内人」とみなしており、これまでも実際にケミカルが成長したエリアでコンシューマープロダクツが成長しています。そういう意味で22年にグローバルでケミカルが好調だったということは、コンシューマープロダクツの先行きが明るく、今後の成長に期待が持てるといえます。
――海外事業の状況について教えてください。
長谷部 グローバルで戦い抜くためには、オンリーワンの事業なくしては前に進みませんし、ナンバーワンの事業でなければ成長しないということを改めて感じています。
ケミカル事業では、油脂や誘導体の分野においてグローバルでもナンバーワンかトップクラスに位置しています。こうした背景もあり、値上げも非常にスムーズに行えましたし、事業も落ち込むことはありませんでした。高いシェアを誇るトナーバインダーやハードディスクの研磨剤においても堅調に売上を伸ばしています。
我々のグローバルにおける成長の方向性は、一言で言い表すと「ワン&オンリー」であり、唯一無二の事業をつくり上げて、それを提供していくことを進めていきます。
各国ごとに異なるワン&オンリーがあるということを強く意識し、日本と同じモデルを単に持っていっても成功することはないということを肝に銘じて、グローバル成長を図っていきます。
――グローバルで成長を図っていくためのポイントを教えてください。
長谷部 グローバルにおいてオンリーワンで戦っていく時に、「いのちにまつわること」が成長を図っていくためのポイントだと考えます。日本で売れている日用品をただそのまま持っていくだけでは成功は難しいでしょう。
将来、化学は進歩したとき、洗剤やおむつが存在し続けるのかを考え、使って捨てられるものを開発するだけでなく、いのちを守るものも開発できれば、高付加価値化が図れやすいですし、成功するチャンスも大いに広がると思います。「Another Kao」の中に「いのちを守る」事業を入れ込んでいるのは、本気でグローバル展開を進めたいからであり、グローバル展開にはオンリーワンの要素が絶対に欠かせないと考えるからです。
これからは未病領域において「健康で楽しくいられる事業」を展開することがグローバルで生き残っていくためのポイントになりますし、それこそがグローバルで成長を遂げるうえで要となります。日本はグローバルに先駆ける形で少子高齢化が進んでいますので、そこで早期に事業化を図り、グローバルに展開していきたいと思います。
タイで発売した蚊よけ製品が
「ESGよきモノづくり」を体現
――「K25」の事業改革の柱である「Reborn Kao」「Another Kao」の進捗状況を教えてください。
長谷部 「Reborn Kao」は、簡単に申し上げれば既存事業の体質改善であり、事業スピードを上げ、稼ぐモデルをより強くすることになります。こちらは先ほど申し上げたとおり、ものすごい勢いで進捗しています。
「Another Kao」は、それとは真逆で既存事業の領域にはこだわらず、世の中から強く求められることを事業化するものになります。今までの花王がやらなかったこと、やれなかったことをテーマにしており、この分野では、我々が目指すESG経営に合致するいくつかの成果が表れ始めていますので、代表的な2つの事例について紹介します。
1つ目は、タイで発売した蚊よけ製品「ビオレガード モスブロックセラム」です。蚊が肌に降り立つ挙動に着目し、界面での濡れ現象を利用することで、蚊の吸血から身を守る技術を開発しました。従来の忌避剤とは異なる作用機序をもつこの新たな技術を応用することで、ボディローションのような軽い使い心地を実現しました。
一番のポイントは、デング熱に悩まされるすべての人々に的確に製品を届けることであり、社会的弱者である貧しい方々や子どもたちにまで使ってもらうことです。誰一人取り残されない形で蚊に刺されない環境づくりをめざして、政府や小売業などへ働きかけを行ったところ、ほぼすべての方々に温かく迎えられ、小売業では利益が薄い中で置いていただき、大々的に店頭で展開していただきました。
我々はこうした活動を「ESGよきモノづくり」と呼んでいますが、人々を助けるためにつくった事業がブランドを強くし、従来のようにマーケティング費用をかけずとも人々を助けることそのものがマーケティング活動となり、収益を生み、循環していくビジネスモデルに育ってきました。これは想定していた以上に夢のある事業になる可能性を秘めており、人々を助けることで得られた収益で事業を大きくし、違う国に展開していくこともできます。それが好循環のサイクルに入っていくと、「未来のいのちを守りながら事業を大きくしていく」という我々が目指すビジネスモデルが力強く前進します。この活動はまさに「Another Kao」の代表例といえます。
2つ目は、廃PETを原料にリサイクルした高耐久アスファルト改質剤「ニュートラック 5000」です。色付きや汚れたペットボトルはリサイクルできずに処分されている中、トナーバインダーの低温定着機能を応用し開発したのが今回の「ニュートラック 5000」であり、廃PETをただ混ぜるだけではなく、特殊脂肪酸や特殊アルコール、特殊添加剤などを加えて化学反応させ、機能性を有した新たな物質として生まれ変わらせている点が大きな特徴です。
これにより、ペットボトルのリサイクルが進展するだけでなく、1%の添加でアスファルト舗装の耐久性を約5倍向上させることにもつながります。アスファルト道路はほとんどがリサイクルできると言われており、この改質剤を加えることで、耐久性の高い道路につくり直すことができます。
まずは日本で進め、グローバルへと展開を広げていくことで、より大きな事業へと発展させていきます。
――このほど、ライフケア事業領域で第一三共ヘルスケアとの共同開発の開始を発表されました。ライフケア事業の方向性を教えてください。
長谷部 第一三共ヘルスケアさんとは、両社の基盤技術や製剤化技術を相互に有効活用し、人々の健康でこころ豊かな暮らしに貢献するヘルスケア製品を共同開発する取り組みを開始します。
花王では、生活者の課題の本質を捉え、無理なく続けられる暮らしに寄り添ったセルフキュア・セルフケアの実現を目指しており、ライフケアはその総称となります。
ライフケア事業では、病気になる危険性を下げるとともに、病気からの寛解を促すことにも取り組んでいきたいと考えています。
生涯医療費の約半分は70歳以降にかかると言われています。この費用を極力少なくすることも、「未来のいのちを守る」ことを中期経営計画「K25」のビジョンに掲げる花王のテーマであり、今後さらにライフケア事業を大きくしていきます。
今まで手つかずの取り組みを
ほぼ全てやり抜くことに挑戦
――循環型社会に貢献する「ESGよきモノづくり」で最も注力している施策を教えてください。
長谷部 当社では、最小限の消費で最大限の価値を実現するための「ESGよきモノづくり」を加速し、カテゴリーリーディングブランドを強化するためのメリハリある投資を実行するとともに、お客さまとの絆を重視するロイヤリティマーケティングにシフトしています。この推進に向けては、自社だけで閉じないことが重要であり、同じ志をもつ他社と協調しながら進めていきます。
その一環として、コーセーさんとは現在、化粧品事業のサステナビリティ領域で協働取り組みを進めています。実際にお客さまから回収した使用済み化粧品ボトルを用いた水平リサイクルの検討を進めており、現在は店頭回収における課題抽出や、回収後の再生化・実装化に向けた解析作業を進めています。回収モデルまで含めてサステナブルにするのが「ESGよきモノづくり」の目指すべき姿であり、より多くの企業が参画できるような仕組みづくりに取り組んでいきます。
昨年2月に「プレシジョン・ライフケア構想」を発表しましたが、この目的は顧客ロイヤリティを極めて高くすることであり、「これでなければならない」という製品に出合わせるための仕組みをつくり上げることに挑戦しています。
これが実現できれば、その人に合う製品を見つけ出すことが容易になりますし、ミスマッチが根絶され、不要なものを購入することもなくなるため、廃棄問題の解決にもつながっていきます。
――2022年に発売した新製品について評価していただけますか。
長谷部 2022年は、化粧品の売れ行きが好調で、一部の店舗では欠品となることも少なくありませんでした。美容誌のベストコスメを80冠以上受賞するなど多くの専門家の方々から高く評価されたことも、販売好調を大きく後押ししました。
当社では、サステナビリティの観点から化粧品のモノづくりにおいては望まれる方を対象に売り切るというモデルを目指しているため、できるだけ可能な限り在庫を減らしていく方向にシフトさせています。やはり使っていただいて、喜んでいただく製品以外はつくらない、お届けしない、お見せしないということが重要であり、そうしたビジネスモデルがようやく出来上がってきました。
UVケア製品も売れ行きが好調で、日本市場において「ビオレUV」がUVカテゴリーで№1シェアを獲得しました。海外でも伸長し始めており、手応えを感じています。「ビオレUV」には、当社の研究技術の粋が盛り込まれていますので、お客さまからの支持が高まってきたことは大きな成果であると捉えています。
――2023年の抱負をお聞かせください。
長谷部 先ほども申し上げたとおり、現在は変革の途中であり、逆風の最中にあります。こういう時は外圧により変革のマインドが醸成されますし、これまでも花王はそのたびに生まれ変わってきました。2023年は、「Reborn(生まれ変わる)」の年にしたいと考えています。
原材料価格の高騰や政治の不安、国の分断が起こっている中、どのように事業運営を進めていくのかが問われますので、一人ひとりが目的意識をもって考え、行動に移す年にしていきたいです。今まで手つかずになっていた取り組みはできるだけすべてやり抜くことに挑戦していきます。