ライオンは、コロナ禍において事業成長に向けた多くの変革(新本社移転、新基幹システム稼働、坂出新工場稼働、新規国進出)を進め、土台づくりに目途がついたことから、4年3カ月ぶりのトップ交代で若返りを図り、昨年3月30日付で竹森征之氏を代表取締役社長兼最高執行責任者(COO)に昇格させた。
2023年は成長戦略を強力に推進するための環境づくりに取り組んできたと語る竹森社長に、2023年の動向と2024年の展望についてインタビューした。
想定を超えるマイナス影響で
業績的には厳しい1年に
――2023年度を振り返っていただけますか。
竹森 掬川正純前社長からバトンを引き継いだ際、「収益構造改革を大胆に進めること」と「先行投資したものを速いスピードで成長につなげていくこと」を期待して次期社長に指名したことを直接伝えられましたので、就任以来、その2つを念頭に経営を進めてきました。
具体的には、マーケットの様々な変化への対応や製品の値上げ、グループ全体としてのポートフォリオの再設計・見直しに加え、収益改善に向けた利益の捻出など、様々な取り組みを実行に移しました。
活動そのものは順調に進捗したものもありましたが、想定以上にマーケットの悪化と原材料価格高騰のインパクトが大きく、後半になればなるほど為替のマイナス影響も効いてきたので、国内外とも業績的には厳しい状況となりました。
また、海外に目を転じますと、東南・南アジアでは欧米のグローバル企業が価格競争を仕掛けてきましたので、その影響も少なからず受けました。
ファブリックの新製品が目論見通りに進捗しなかったことも厳しい状況の一因であり、反省材料です。
つまり、様々な当初予定していたことは順調に進捗したものの、それをキャンセルするほどの市場や原材料価格、為替のマイナスインパクトがあり、結果的には厳しい1年となったというのが正直なところです。
――社長就任以降に取り組んだことを教えてください。
竹森 2024年以降の成長につなげ、ポートフォリオを適切に導くために、現場で何が起こっているのかを把握すべく、約半年間をかけて全ての部所を回り、その活動を通じていくつかの課題が見えてきました。
一例として、部門間連携がうまく図れていないため物事が前に進まない事例がありました。しかし、部門間連携が図りやすい環境を整えたことで着実に物事が前に進むケースが増えてきました。
本社移転では、都内4カ所から総勢2000人以上もの従業員が1カ所に集結しました。そのメリットを最大限活かすべく、共有スペースを豊富にしました。これにより、物理的な距離も近くなったことで、異なる部所のメンバーが集う機会が増え、着実に横の連携ができつつあることを実感しています。
もう1つは仕事の効率化で、過去の慣習に縛られ当たり前のように行ってきた非効率な仕事を極力なくしていくことに取り組みました。
このように現場の声を拾い上げ、前向きに仕事に取り組む環境を整えたことでは成果は上がりましたが、ネガティブインパクトを打ち返すだけの業績面での貢献という意味では課題が残る9カ月だったと認識しています。
冷静になって考えると、先行投資したものが全てうまくいくほど甘い世界ではありませんので、それに向き合うことができた1年だったといえます。
それ故に2024年に何をしなければいけないのかが明確に見えてきました。
オーラルケアは金額・数量とも伸長、
薬品では目薬が付加価値化で堅調
――国内事業の状況について教えてください。
竹森 国内事業においては、ファブリックケアで大きな挑戦をしたことが最も大きな出来事でしたが、目標に対してまだ届いていない状況で、私自身が手掛けた挑戦でもあるので反省しています。ただし、そこに向き合った現場メンバーの挑戦については、よくやってくれたと捉えています。決して下を向くことなく、前向きに挑戦し続けて欲しいです。
当社が参入しているトイレタリー主要35市場(SRI調査、2023年1~11月)を見ると、多くの品目で金額が伸びて、数量が落ち込む傾向にあります。数量は35市場全体で96%、ビューティケアが98%、ファブリックケアが92%、リビングケアが95%と多くの品目で前年を下回っていますが、唯一、オーラルケアが101%と好調に推移しています。オーラルケアは金額前年比も103%ですので、数量・金額とも伸長しています。
オーラルケアはリーディングカンパニーというアドバンテージがあるにせよ、ビジネス全体としては既存品・汎用価格帯の値上げをハミガキで行い、数量の落ち込みを高付加価値品の「クリニカPRO」でカバーし、トータルとして数量も伸びて市場全体として数量・金額が伸長することにも大きく貢献しました。
オーラルケアでは、ポートフォリオのバランスをうまく整えることができたことが大きな成果であり、新製品では「LION電動アシストブラシ」と「クリニカPRO ハブラシ ラバーヘッド」が好調に推移しました。
ビューティケア(35市場=金額102%、数量98%)は主力のハンドソープ「キレイキレイ」がコロナ特需からの需要減により、数量、金額とも前年割れとなっています。コロナ前に比べると成長はしていますが、コロナの反動減が続いています。ボディソープでは「hadakara」の泡タイプは2ケタ成長を継続しており、市場の泡タイプボディソープを上回る伸長を見せています。今後数年で泡タイプが液体タイプを逆転するといわれており、泡タイプを伸ばしていくことで成長を図っていきます。
ファブリックケアでは、大型新製品として「ソフラン Airis」「NANOX one」を投入しましたが、目標ラインには至っていませんので巻き返しを図っていきます。
リビングケアでは、台所用洗剤がマーケット全体を見ると拡大傾向にある中、「CHARMY Magica」が前年を下回って推移しています。「ルックプラス バスタブクレンジング」「ルックプラス おふろの防カビくん煙剤」も競合製品が投入されたことでやや苦戦しました。
薬品では、「スマイル40 EX」や「スマイル40 プレミアム」など高機能・高付加価値目薬シリーズが堅調で前年を上回って推移しています。
国内においてマーケティングの知見をさらに深めていくことにより、日本での成功パターンを海外にも応用していきます。具体的には、日本と同様にアジア各国においても、目の病気の治療や目の疲れ・かゆみなどを和らげるためだけでなく、リフレッシュのために使用するというポジティブな習慣を根付かせていきます。
中国事業はさらなる拡張へ、
上海に研究開発拠点を新設
――海外事業の状況について展開各国別に教えてください。
竹森 様々な日系企業がチャイナリスクを警戒し、撤退や投資抑制といった判断を行う中、当社は中国市場にはまだまだチャンスがあると考え、リスクヘッジを図りつつ事業成長に取り組んでいます。我々は相対的に後発でまだまだ市場開拓の余地がありますし、頭打ちになっているとはいえ中国は日本の10倍以上の人口を誇っています。中国市場において1%のシェアが取れれば日本で10%以上のシェアを獲得したことに相当すると考え、得意分野であるオーラルケアを軸に、新たな代理店と連携を深めつつ、新たなチャネルを開拓するなど、中国事業のさらなる拡張を進めていきます。
昨年5月には、中国でのオーラルケア事業強化に向け、中国・上海市に研究開発拠点を新設しました。現地の生活者のニーズに応じた製品を素早く投入することで、売上拡大、収益性向上につなげていきます。
ベトナムでは、広告宣伝や販促費を掛けてシェアを高めていく従来型のビジネスモデルとは一線を画し、有力ブランドと全土をカバーする流通網を有する現地企業(メラップ社)とタッグを組み、薬粧店や専門医との強いパイプをベースに参入当初からグローバル企業との競争上の差別化を図りつつ、OTC医薬品を軸に適正利潤を得ることが可能なビジネスモデルを構築しています。
この新しいビジネスモデルを活用することで、オーラルケア製品や機能性スキンケアへも拡張を図っていき、大きなビジネスに育てていきます。
将来的にはこの新しいビジネスモデルを東南・南アジア各国に拡張することで、売上拡大と収益性向上を両立する当社独自のユニークなビジネス展開を東南・南アジア各国において進めていきます。
バングラデシュは、1人あたりGDPや経済の成長が高いレベルで見込めるこれからの国であり、まずは洗濯用洗剤・台所用洗剤を中心に展開を進めていきます。汎用品の拡大が長期的に継続することが予想され、個人商店やスーパーが主販路になるため、量的成長を目指していきます。
現地生産に向けて新工場の建設を進めていきます。現状では輸出は検討しておらず、まずは1億7000万人という同国の生活者に向けて万全の供給体制を整え、その地域の慣習に合った製品を開発していきながらライオンブランドの浸透を図っていきます。
――グローカライゼーション戦略をベースとした「類型化マーケティング」を推進しています。その狙いを教えてください。
竹森 「類型化マーケティング」では、バングラデシュのように量的成長を追う「Ⅰ型」、中国やベトナムのように量的・質的成長の両方を追う「Ⅱ型」、韓国やシンガポールのように質的成長を追う「Ⅲ型」という3つの類型に分け、国軸ではなく、地域軸、生活者の共通項を軸としたマーケティングへと進化を図ります。
海外事業の飛躍に向けては、顧客接点のさらなる拡大が欠かせません。ターゲット顧客や進出国数を増やしていくことはポートフォリオ全体の強化につながっていきます。特に展開国のポートフォリオを増やしていくことは、一極集中の分散化に貢献することにもなり、結果としてカントリーリスクにも強い強力なポートフォリオの構築にもつながっていきます。
――海外事業で売上成長と収益性向上を両立するポイントをお聞かせください。
竹森 まずは「類型化マーケティング」を軸に、3つに分けた類型で展開各国の実情に合わせた取り組みを進めていくことにより、売上・利益の最大化を図っていきます。
収益性向上に向けては、パーソナルケアやオーラルケアの構成比を高めることも重要です。
研究開発のグローバル化も収益性の向上には不可欠です。上海の研究開発拠点のほかにも、東南・南アジアではパートナー企業の研究開発拠点があります。これまでの国単位での考え方から脱し、グローバル視点で研究の連携を図っていくことで、シーズ探索や原料調達の全体最適化が進み、収益性のさらなる向上が期待できます。
新規事業はピボットと
チューニングが成功の分岐点
――新規事業の創出に積極的に取り組み、成功事例が出始めています。成功している事業に共通する傾向はありますか。
竹森 新規事業においては、うまくいくものといかないものは当然出てきますが、うまくいく事業の傾向について明確に説明することは難しいです。だからこそ「新規ビジネスはうまくいかないものである」と考えて取り組むことが重要だと感じています。
オーラルヘルス領域で軌道に乗り始めた法人向け健康経営支援サービス「おくちプラスユー」も最初からうまくいっていた訳ではありません。うまくいかないという前提の中で、うまくいかない時にピボット(方向転換)していきながらチューニング(微調整)をやり続けることが成功の分岐点になります。実際、ピボットやチューニングを当たり前にできるチームが取り組む新規事業は大きな失敗をすることなく、成功への道筋が見えてくる可能性も高いように感じます。
基本的には、経営ビジョン「次世代ヘルスケアのリーディングカンパニーへ」を実現するための4つの提供価値領域(オーラルヘルス、インフェクションコントロール、スマートハウスワーク、ウェルビーイング)に沿った中で新規事業に取り組んでいます。しかし、枠外に出ていった方が成功確率も高まるし、社会課題も解決しやすいといった場合には、目指すべきゴールが変わらなければそこに至る道筋・手段は大きく問わないとメンバーには伝えています。
――2024年度の経営方針、抱負についてお聞かせください。
竹森 先ほど2024年にやるべきことは明確に見えてきたとお話しましたが、24年は中期経営計画「Vision2030」1st STAGE(2022~2024年)の最終年にあたりますので、次のステージ(25~27年)が始まる2025年に向けて、戦略をより明確化する1年になります。
具体的には、3つのアクションを起こしていきます。1つ目として「ファブリックケア大型新製品」「坂出新工場」「新基幹システム」について先行投資分の回収を徹底して進めていきます。2つ目として、2025年に向けたグループポートフォリオの資源配分やプライオリティを明らかにし、確定させていきます。3つ目として、優秀でやる気のあるメンバーが持てる能力を最大限発揮できるよう、極力マイナスとなる部分は取り除きつつ、成功体験が生み出されやすい環境や風土をつくり、成功体験を蓄積することで人材の活性化、労働生産性の向上につなげていきます。
2024年の経営方針を漢字一文字で言い表すと「整」になります。2025年から始まるセカンドステージにおいてライオングループの経営戦略と従業員の様々な活動を正しい方向に導くために整えることを最優先に取り組んでいきます。
この方針のもと、「先行投資の回収の徹底」「成功確率の高いポートフォリオの構築」「働きがい・エンゲージメント向上による人材活性化・労働生産性向上」を1年かけて形にしていきます。
少子高齢化が進む日本においては質的成長を目指していきます。今までと同様の組織のあり方ではその実現が難しいと考え、ポートフォリオの領域を広げることで、より効率的にリソースの差配をしやすくしていきます。具体的には、ビューティケア事業部と薬品事業部を統合しHBC事業部を新設するとともに、ファブリックケア事業部とリビングケア事業部を統合しホームケア事業部を新設します。この機能再編により、領域を広げることで様々な視点で考えられる組織体へと転換を図り、発売する製品のクオリティが高まることを期待しています。
ライオングループは、新しい習慣を生業にする会社に生まれ変わりたいと願い、主軸であるオーラルケアにおいては、新サービスの提供による新たな収益機会の創出や新たな歯みがき習慣の啓発に挑戦していきます。
オーラルケアサービス「おくちプラスユー」の事業化を機に、他開発案件の事業化を加速するため、オーラルケア事業部の新規事業領域と経営サポート部のオーラルケア関連事業を統合し「オーラルヘルス開発部」を新設します。
この新たな組織体制のもと、新しい習慣や質をキーワードに、オーラルケアとヘルスケアが融合した概念である「オーラルヘルス」起点で確実にニーズが高まるよう新たなマーケティング活動を始動させますので是非ご期待ください。