美容研究家・小林照子氏、メークアップアーティストの第一人者として美容をリード

C&T 2015年6月15日号 68ページ

カンタンに言うと

美容研究家・小林照子氏、メークアップアーティストの第一人者として美容をリード
 小林照子氏は美容学校を卒業後、小林コーセー(現コーセー)に入社し、販売から教育、商品開発、美容研究に従事した。

 コーセー在籍時には、世界初の美容液「アルファード R・Cリキッドプレシャス」や夏用ファンデーション「サマード」など数多くのヒット商品を生み出し、コーセー初の女性取締役に就任する。

 その後、独立を果たし、現在は「美」と「輝く魅力(ファイン)」をテーマに、美容研究家としてコンサルティングをはじめ、教育やサロンなど幅広い事業を展開する美・ファイン研究所の所長を務めている。

 小林氏にこれまでの自身の歩みと今後の抱負について話を伺った。

夢を追い続け、数多くの人の顔に触れた
美容部員時代の経験が美容研究家の礎に

 ――美容研究家として現在、どのような想いを持って活動されていらっしゃいますか。

 小林 「演劇のメークアップアーティストになりたい」という夢を実現するため、20歳のときに美容学校の夜間部に入学し、卒業後の1958年に小林コーセーへ入社しました。

 入社後は美容部員の教育部署へ配属になりましたが、「教育をする前にまずは現場を知るべき」という会社方針のもと、美容部員として約2年間、担当地域である山口県に毎月出張し、1カ月のうち25日間休みなく1日1軒ずつ販売店を回る日々を過ごしました。

 このとき、「演劇のメークアップアーティストになるためには一番の近道」と考え、販売活動を全く行わず、来店されたお客様のお顔に触れることに重点を置き、徹底してメークアップとスキンケアの実践を行うことで自らのスキル向上に没頭しました。

 次第に「メークが上手な人がいる」と話題になり、多い日で1日に100人以上のお顔に触れることができました。メークの力で一人ひとりの魅力が引き出せることや、人を幸せにできることを実体験したこの2年間は美容研究家としての今の私の礎になっています。

 美容部員としての活動をいつまでも続けていきたかったのですが、私は元々、教育部門での採用でしたので本社に戻ることになりました。入店したお店の売上げが軒並み好調だったこともあり、教育部門では販売話法の教育カリキュラムを作成するよう指示されました。しかし、実際に商品を販売していたのはお店の人達でしたので、会社には正直に「販売話法は教えられません。でもメークならできます」と伝えました。

 教育部門の先生方は当時、マニュアル通りのメークばかりでしたので、その人にプラスの印象を与えるメークを提案するため、美容部長にもメークを行いました。すると、それが社内でも評判になり、メークアップアーティストとして美容部員や販売店の指導を任せられるようになりました。

 メークアップの指導では全国各地から受講者が訪れ、教育活動のために私の結婚式を半年後に延期するほど本当に数多くの方へ技術指導を行いました。人に物事を教えるのは自らの勉強にもなりますし、理論が必要であることをこのとき実感しました。

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