化粧品専門店業界は今、生まれ変わるチャンスを得ている。
ITの進化とともに小売業全体で業態の多様化が進む中、専門店は長らく苦しい状況が続いていたが、SNSなどの普及にともない、「リアルな体験」ニーズが拡大し、業界の強みとして保持してきた「接客・カウンセリングを通じてのホスピタリティー」が改めて見直されてきている。
訪日外国人観光客の増加により「日本のおもてなし」がフィーチャーされていることも追い風となって、業界のアドバンテージを活かしやすい環境にある。
今回は業界の強みと自社の独自性を活かして「新たな化粧品店のあり方」を見出し、実践し続けている4社の経営者(たしろ薬品:田代正樹社長、ザ・コスモス:小島英資社長、くわこや:野村和弘社長、さくら屋:櫻井資也常務)の協力を得て、「これからの専門店が歩むべき道」をテーマに座談会を開いた。
経営ノウハウ・経験が息づく店づくりで
「魅力ある業界」へのイメージ向上へ
――「化粧品専門店」と一口に言っても、出店する地域をはじめ、出店する形態も路面店、ショッピングモールや駅ビル、百貨店などのインショップ型店舗など様々です。そうした中で、「化粧品専門店」に共通する悩みとして、どのようなことがあげられますか。
野村 時代の変化とともに、専門店の出店形態が、路面店からインショップ型店が主流化している中、様々な経営者と会う中で「(商品)掛け率」について、最近よく話題に挙がってきます。
メーカーから提供される商品の掛け率は、首都圏の駅ビルにある店も地方の田舎にある路面店も一律同じであり、賃貸契約となるインショップ型店の中には(経営が)苦しい状況にある店も少なくありません。
当社は、東海3県をまたいで郊外のショッピングモールを中心に「パルファン」を16店舗展開しています。各店を運営していく中で、一つのモデルとして、人口10万人前後の街で60~80坪の広さの化粧品店を出店し、地域1番店になれれば、十分に経営の安定化を図れることがわかってきました。
しかしながら、私には、首都圏ターミナルを中心に出店している田代さんのような広域商圏の経営・ノウハウはありません。人の多さはとても魅力ですが、その分、家賃は高く、競合店の数も圧倒的に多い。そのような商圏で専門店を経営していくには、それ相応の経験とノウハウが必要だと感じています。
田代 当社は創業から首都圏を中心とした広域商圏に出店し続けてきました。2000年前後からは、「選択と集中」を進め、店舗を都内2店、横浜2店の計4店舗に集約して経営していますが、これまでに出店した店は50軒を超えました。
過去には、改装のために約9カ月間、仮店舗として路面店で運営したことがありました。その間、売上げが3分の1に減少しましたが、一方で利益は2倍に伸長して、大きな衝撃を受けたことがあります。
家賃や人件費など固定費を考えた場合、路面店や郊外の店に羨ましさを感じることはありますが、経験・ノウハウに勝るものはなく、いばらの道であっても今のスタイルを変えることは今後もないと思います。
小島 お二人の意見に付け加えるならば、(地方)都市と郊外では、専門店だけでなく、化粧品を扱う店の差別化の度合いが異なってきますね。
都市部は、オーガニックをはじめ、専門性に特化したコンセプトショップがたくさんあります。そうしたお店もまた、総合的に化粧品を扱う私たちの店と少なからず競合しています。
当社は、人口70万人の船橋市にある「ららぽーとTokyoBay」にオープンから出店していますが、化粧品を扱う店として魅力を伝えていくことの難しさを感じてきましたし、正直今でも感じています。
当初はネイルや雑貨なども取り扱っていましたが、その後、改装とともに試行錯誤を重ね、スキンケアブランドに特化した店構えで取り組んでいます。まだまだこれからですが、一つの答えを出せたという実感はあります。
櫻井 インショップ型店舗の場合、デベロッパーからオーダーされる「改装・移転」もまた、売上げに大きく反映してきますね。
京王聖蹟桜ヶ丘ショッピングセンターのオープン時から出店している「SAKURAYA FOR ME聖蹟桜ヶ丘店」は、中2階のような回遊性が高い2階フロアに長らく出店していましたが、若者向けにリニューアルするというデベロッパー側の意向で4階へと移転しました。
当社のように、時間をかけて顧客づくりを行うような店は、上階の落ち着いたエリアの方が……という考えがあったようです。
4階へ移ったことで、家賃は以前よりも下がりましたが、売上げも2割ほど落ち込みました。既存顧客からは「落ち着いた雰囲気」という声もありましたが、移転直後の新規来店客は目に見えて減少しました。
インショップ型店は、自社ではどうにもならない「店舗露出の変動」に対し、どう対応するか、そして対応できるかも課題になってきます。