資生堂は2023年にチェインストア制度100周年を迎え、「飛躍の年」と位置づけて一気にマーケティングを攻めの姿勢に転換、inouiやベネフィークの象徴美容液など、大型新製品を次々に発売した。化粧品市場の回復基調を追い風に、着実に成果を創出している。
一方で、中期経営計画で目指している高収益構造への転換、安定成長の実現のためには、「日本の成長による収益基盤の再構築」が最大のカギとなっており、資生堂社長COO兼資生堂ジャパン会長の藤原憲太郎氏のもと、日本事業のビジネストランスフォーメーションに取り組んでいる。
今回の新春インタビューでは、2024年から新たに資生堂ジャパンの社長CEOに就任した藤原氏に、2023年の資生堂ジャパンの攻めのマーケティングの取り組み成果の振り返り、そして永続的な発展のため「自己革新」による未来に向けたビジネストランスフォーメーションに取り組む意気込み、2024年度の事業方針などについてインタビューした。
顧客接点拡大に向けた投資で
力強いプラス成長を実現
――資生堂ジャパンの社長CEOとしては初めてのご登場となります。
藤原 チェインストア制度100周年の節目となった2023年は「飛躍の年」と位置づけ、資生堂ジャパンは専門店の皆さまとご一緒に、お客さまの明るい笑顔で店頭を、そして世の中を埋め尽くしたいという気持ちをもって、商品の画期的なイノベーションに加え、専門店さまでの魅力的な体験を多くの生活者へ積極的に発信し、店頭へ足を運んでいただけるような取り組みを進めてまいりました。
資生堂は中期経営計画で、お客さまお一人おひとりの生涯を通じて自分らしい健康美を実現する「パーソナルビューティーウェルネスカンパニー」を目指しています。
これはまさに、人のちからによってパーソナルにお客さまの肌・からだ・心と向き合った提案を行ってこられた専門店さまと共に追求してきた価値です。
コロナ禍を経て急激に変化を遂げているお客さまの価値観と市場の変化を捉え、今後もお客さまに支持されていくために、専門店さまとともに化粧品業界全体の発展に寄与していきたい所存です。
――藤原社長は海外の事業経験が豊富でいらっしゃいますが、キャリアのスタートは広島での専門店営業からと伺っています。
藤原 私は当時の広島支店に入社し、化粧品専門店の営業担当からキャリアをスタートしました。社会人としてのマナーやビジネスにおける作法などは、専門店さまへの営業活動を通じて一から学ばせていただきました。売上拡大のための施策を共に考えるだけでなく、経営者の方と時には夜の酒席をご一緒したり、また大雪で帰宅できなかった時にお世話になったりと、仕事面だけでなく初めての赴任地での生活基盤確立など、専門店さまからは多くのサポートをしていただきました。
広島から転勤する際には、担当させて頂いていた専門店さまに、広島駅までわざわざお見送りに来ていただきました。専門店さまはその土地に根付き、人と人とのつながりを大切にして商売をされている、私にとってまさに「第二の家」という存在であると考えています。
――海外で化粧品専門店は、どのような展開がありましたか。
藤原 海外では、ヨーロッパや中国にも化粧品専門店チャネルがあります。ヨーロッパでは「パフューマリー」が地域イベントやキャンペーンを開催するなど、その土地のコミュニティーに深く根付いてビジネスを展開しています。
中国では日本のチェインストア制度をお手本にして、2003年から化粧品専門店を展開し、そのネットワークは全土に広がっています。日本の専門店さまをリスペクトし、学びたいという思いをもっておられる経営者もいます。その土地に根付いて人とのつながりを大切にビジネス展開されているという点は、どの地域においてもグローバル共通であると考えます。
――それでは2023年を振り返りと、化粧品市場や資生堂の動向についてお聞かせ下さい。
藤原 5月に新型コロナウイルスが5類へ移行され、成長への転換の年として、「生活者起点、現場起点」の考えのもと、積極的にお客さまとの接点拡大に向けた投資を行ってきました。
コロナ禍の制限が緩和されて外出の機会が増え、「化粧品需要の高まり」「市場の回復」を追い風として当社の売上・シェアともに拡大している状況です。
――2023年の取り組み成果をお聞かせください。
藤原 4月3日の新聞広告を皮切りに、美の力を信じ、日本全体を元気にしていきたいという想いを込め、「みんな、いい顔してる。」メッセージのコミュニケーションを展開しました。メッセージムービーはTVCMとしても放映し、お客さまやお得意先さまからは「明るい未来への兆しを感じる良いCMだった」などの嬉しいお声を頂戴しました。
専門店さまをはじめとする日本全国の店頭での訴求やカウンセリング紹介活動においても、日本中の「いい顔」を応援するキャンペーンを展開しました。全社的に取り組んだ「みんないい顔」プロジェクトの種は、政府から新型コロナウイルスの5類引き下げに関する案内が発信された頃、専門店さまを担当するプレステージブランド事業本部で芽吹いたものです。
「この契機に、コロナ禍で苦しい思いをした生活者・お客さまを、お得意先さまを、そして社員を、笑顔にする取り組みをしよう」との想い、それが多くの共感を得て、事業本部の枠を越え、ジャパンの枠を越え、企業・資生堂としてのアクションに昇華されました。お客さまやお得意先さまから多くの共感やお褒めの声をいただき、社員の一体感やモチベーションの向上にもつながったと考えています。
ブランドでは、「クレ・ド・ポー ボーテ」「SHISEIDO」「エリクシール」などに注力し、プレステージブランドや中価格帯ブランドにおいて力強いプラス成長を実現しました。「クレ・ド・ポー ボーテ」は過去最大の投資を実施し、一昨年に引き続き、2ケタ成長を実現しています。「SHISEIDO」はオイデルミンやスキンケア・ファンデーション、新アルティミューンなど新たな価値を持った商品を次々と発売し、口コミやSNSでの話題化など好評を得て、ブランド全体で2ケタ成長しています。「エリクシール」もヒーロープロダクトであるリンクルクリームのリニューアルをはじめとするイノベーションを通じて好調に推移し、一昨年を上回る実績となりました。
また、コロナ禍が緩和し外出の機会が増えたことにより、お客さまからは「自分に似合う色を教えてほしい」というお声が増え、当社独自のメソッド「パーソナルBカラー診断」は大変人気の高いコンテンツとなりました。6月に名古屋で実施したイベントでは、2日間で777名の方へカラー診断を実施し、最大で90分待ちの長蛇の列ができるほどの盛況ぶりでした。
2024年にビジネスの変革を断行、
2025年からは新成長モデルを始動
――チェインストア制度100周年の年に次々と大型新製品を投入されるなど、専門店でも攻めのマーケティングを展開されました。
藤原 チェインストア制度100周年を「飛躍の年」と位置づけ、専門店事業においても攻めのマーケティングに取り組み、大型新製品の発売や専門店さまとの協働取り組みを強化しました。
ブランドにおいては、かねてより専門店の皆さまからご要望をいただいており、またアフターコロナに需要の拡大が見込まれていたメイクアップカテゴリーの強化に着手し、当社の代表的なメイクアップブランド「inoui」を新たな化粧品専門店専用ブランドとして9月に発売しました。
ブランドを新たな接点として来店いただいた新規メンバーさまに加え、以前よりブランドをご存知であり期待感をもって発売をお待ちいただいていた既存メンバーさまにご購入いただいています。当ブランドは専門店さまと新たなお客さまとの接点となることがミッションです。
2024年にはお客さま、専門店さま待望のポイントメイクアップの発売を予定しています。今後もブランドの認知度向上に継続的に取り組み、ブランドを介した店頭送客の実現を目指してまいります。
「ベネフィーク」は一人ひとりの健康美「パーソナルビューティーウェルネス」を体現するブランドとしてリポジショニングを行い、10月にブランドの象徴商品「ベネフィーク セラム」を発売しました。セラムをきっかけとしたベネフィーク新規愛用者の獲得を目的として6年ぶりとなるTVCMや新聞チラシなどの投入によりターゲットの認知拡大と店頭送客数の拡大に取り組み、計画を上回る実績となりました。
また、7月に一部の専門店さまにお取り扱いを開始いただいた「エフェクティム」は、10万円超の美容機器の販売という新たなチャレンジでしたが、新たなお客さまとの出会いのきっかけとなり、新発売した機器と美容液が好調に推移しています。
店頭活動においては、専門店さまならではの店頭体験の魅力をお客さまに認知していただくためのプロモーション「化粧品専門店WOW体験」の展開や、「Beauty DNA Program」の本格導入でお客さまへよりパーソナルな提案を実現するなど、多くのチャレンジに取り組ませていただきました。
――これまでの資生堂ジャパン会長の立場から、2024年は社長CEOとして日本事業の改革をリードされます。現在の課題をどう捉え、改革を進めていかれますか。
藤原 本年は資生堂ジャパンの持続的な成長を実現するための改革の年です。コロナ禍からの回復と画期的な新製品発売、マーケティング投資が奏功し売上とシェアは着実に回復していますが、まだ抜本的な収益改善には至っていません。
資生堂の中期経営戦略「SHIFT 2025 and Beyond」では積極投資と構造改革により高収益構造へ転換し、安定成長の実現を目指しています。その実現のためには、「日本の成長による収益基盤の再構築」が最大のカギになると捉えています。
昨年から、さらなるグローバル成長に必要なこと、組織の課題を整理し、経営体制を強化してきました。日本オリジンの企業として、日本事業が当社のグローバルビジョンを最も早く実現する先駆者になり、けん引する必要があると考えています。日本事業の改革を確かなものとするために、資生堂ジャパンの社員からお得意先さままで、多くの方々とお話をしてきました。そこから自分自身で課題を抽出し、さらに個別セッションを通じてコミュニケーションと現状の理解を深めてきました。
全国の事業所へ足を運び社員と膝を交えて対話をする中で、現状に対する危機感、変革への期待、成長への情熱をもつ社員が多くいることを確認し嬉しく思うと同時に、ジャパンの強みを感じることができました。一方で、前例踏襲の文化やメリハリのない戦略など、組織の課題も見えてきました。
一連のセッションを通じ、まず前提にすべきと考えたのは、日本という成熟した市場において、市場やお客さまからいかにして支持をいただけるかということであり、そのためには、より市場のニーズ、お客さまの動向に敏感となり、素早く対応できる体制が必要だと感じました。コロナ禍は化粧品業界にとって大変厳しい状況でしたが、自社のビジネスを見つめ直す転換点にもなりました。 私はもう一度、日本事業のビジネスモデルを、変化した市場のニーズ、お客さまの購買行動を出発点として再設計することが本質的な課題と考えました。持続的な成長の実現に向け、収益を生み出せる事業全体のビジネストランスフォーメーションを進めています。
改革のテーマは「自己革新」です。資生堂の歴史を振り返ると、市場やお客さまの変化に合わせイノベーションを起こしてきました。それはすべてを刷新するのではなく、守るべき理念は保持しつつ、時代や生活者の変化を背景に、伝統的な「資生堂スタイル」への挑戦の繰り返しでした。
化粧品市場がコロナ禍から回復を見せつつある今、消費者・市場視点から、ブランドを強くし、勝てる組織を作り上げていきます。自己革新こそが永続的な発展を作るということは、私の信念です。今、変われなければ、日本事業としての存在意義すら危ぶまれるという強い危機感を持って取り組んでいます。強い団結力と情熱を持ったジャパンの社員とともに改革を実行してまいります。
ビジネストランスフォーメーションは、資生堂ジャパンが持続的に発展し、将来光り輝いていくための「手段」であり「目的」ではありません。2024年度中に必ずビジネストランスフォーメーションを断行し、2025年からは新しい成長モデルをスタートさせたい所存です。
ウエルネス領域展開の第一歩として
インナービューティー事業を本格始動
――2024年度の事業の方向性はどのようにお考えでしょうか。
藤原 まず見るべきは市場、お客さまであり、常に生活者起点で活動に取り組むビジネスモデルに変えていきます。ブランドや商品を強化し、市場に新たなチャレンジをしていくためには原資が必要であり、それを生み出すための仕組みを再構築してまいります。その原資をもとにお客さまに継続的に新しい価値を提供し、それを当社の取り組みに共感し、一緒に取り組んでいただけるお得意先さまの利益につなげ、結果的に資生堂の成長にもつなげていきます。
これまでのお客さま・お得意先さま・メーカーの「三方良し」の考え方は変えずに制度品ビジネスモデルを進化させたいと考えています。
お客さまの間で話題になる「売れる」商品・ブランドを生み出していくためにブランドマネジメント改革に取り組み、注力ブランド・商品への投資・コミュニケーションを推進します。
人口減少などの変化が予測される日本で再成長していくために必要な組織改革を断行し、挑戦を称賛する組織文化を構築してまいります。同時に社員一人ひとりのケイパビリティを高め、お客さまへのよりよい価値提供や、個々のお得意先さまに合った提案を行える組織に進化させていきます。
また、今年はウエルネス領域展開への第一歩としてインナービューティー事業を本格始動します。一人ひとりの自分らしい健康美を実現するインナービューティブランド「SHISEIDO BEAUTY WELLNESS(シセイドウ ビューティー ウエルネス)」(以下、SBW)を2月に発売します。
第一弾として、株式会社ツムラとカゴメ株式会社と共創し、共同で研究・開発した商品を日本国内で発売します。2025年以降には、中国をはじめとするアジア地域での展開も予定しています。 SBWは、各分野のプロフェッショナルであるパートナー企業とともに、肌・身体・心の調和による美の実現に向けた新しいソリューションを創出していきます。また、この新しい健康美習慣を「J-Beauty Wellness」としてグローバルに発信し、新市場創造に取り組んでいきます。
――最後に専門店へのメッセージをお願いします。
藤原 「チェインストア制度」を導入した1923年当時、化粧品業界は乱売、値引き競争が過熱化し、小売店さまや問屋さま、我々メーカーも苦しい経営を強いられていました。当時の支配人だった松本昇が小売店さまや問屋さまの適正な利潤確保を強力に推進するため、米国留学で学んだ仕組みを導入しました。
世界を広く見た松本が、恐れず大胆に新しい仕組みを取り入れて業界全体に影響するビジネストランスフォーメーションを実現したスピリットを受け継ぎ、専門店さまをはじめとするお得意先さま、ひいては化粧品業界の発展に貢献できるよう、日本事業の改革を断行してまいります。
攻めのマーケティングへ転換した2023年の成果を一時的なものとせず、2024年はさらに飛躍を遂げ、チェインストア制度の次の100年の成長実現に向けた始動の年にしたいと存じます。
専門店さまならではの提供価値として、大きな軸となるのが「パーソナルビューティーウェルネス」の深化です。パーソナルビューティーウェルネスカンパニーとして、当社がもつ肌に対する知見やお客さまのデータなどのテクノロジーと専門店さまが築いてこられた地域のお客さまとの信頼関係や人を通じたコミュニケーションを掛け合わせ、ともに新しい体験をお客さまに提供していただきたいと考えています。
今後のお客さまと市場の変化を捉え、引き続きお客さまのご支持を得られるよう、専門店さまとともにお互いに変えるべきこと、変わるべきことは変え、化粧品業界全体の発展に寄与していきたい所存です。
資生堂ジャパンの社員が一丸となり全力を尽くしてまいりますので、専門店の皆さまには2024年も引き続き、厚いご支援・ご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。