花王マテリアルサイエンス研究所と北海道大学低温科学研究所 村田憲一郎助教らの研究グループは、木綿表面の特殊な水(結合水)を原子間力顕微鏡(AFM)とAFM-IRを用いて直接観察することに、世界で初めて成功した。
木綿表面の結合水が単繊維同士を接着剤のようにつなぎとめることが、ぬれた木綿が自然乾燥後に硬くなる現象の原因になっているという花王が2011年に提案したモデルを実証するもので、この研究成果は、衣料用柔軟剤がどのようにその効果を発現するかに関して、従来までの定説である摩擦低減とは異なる新たな視点を与えることが期待される。
さらに、近年盛んに議論されている物質表面の水の構造・機能を理解するための手掛かりとなることも期待される。
「木綿のタオルを衣料用柔軟剤なしで洗たくし、自然乾燥すると糊付けしたように硬くなる」という現象を、我々は日常生活でしばしば目にするが、身近な現象であるにもかかわらず、そのメカニズムはよくわかっていなかった。
花王は、衣料用柔軟剤の研究開発の一環として、長年にわたってそのメカニズムを探求する中で、通常の水とは運動性が異なり、凍りにくいなどの特殊な性質を持つ、木綿表面の特殊な水(結合水)に着目してきた。
花王の先行研究・その他の測定方法などにより、ぬらしたあとに自然乾燥した木綿には一定量の結合水が吸着していることと、木綿の結合水特有の性質がわかってきた。同社はこれらの知見に基づき、「木綿をぬらしたあとで自然乾燥させると、木綿の単繊維表面に吸着した結合水が『毛管接着』によって単繊維同士をつなぎとめることで硬さが発現する」というモデルを提案している。
しかし、結合水が木綿表面にどのように存在するのか、なぜ毛管接着が起こるのか、結合水がどのように架橋の役割を果たすのか、結合水は通常の水と異なる性質を示すのかなどの点については明らかになっていなかった。
そこで今回は、物質表面・界面に存在する特殊な状態の水に関する最先端分野の研究を進めている北海道大学低温科学研究所 村田憲一郎助教の協力のもと、より直接的、かつより微視的な視点からこのモデルを実証すべく研究を行った。
研究では、木綿表面の結合水を直接とらえるために、原子間力顕微鏡(AFM)と、サンプル表面の高精度な表面観察と同時に化学的組成/状態情報(赤外吸収スペクトル)の取得が可能な最先端の表面分析手法であるAFM-IRを活用した。
木綿表面に探針を近づけたり離したりして測定した結果、探針が離れる時に、針が木綿側に大きく引っ張られる力が観測された。木綿表面に「粘度のある物質」が存在していることを示すこの現象は、木綿の主成分であるセルロースだけでは説明できず、木綿表面に結合水が存在すること、粘度のある結合水が単繊維同士の毛管接着に関与することを示している。
次に、木綿表面をAFM-IRで計測したところ、水の分子振動に対応する2つのピークを持つスペクトルが得られた。また、木綿の水分を完全に除去すると、このピークは見られなかった。したがって、この2つのピークは木綿表面に存在する結合水を示しており、普通の水のスペクトルとは大きく異なっていた。木綿表面の結合水が2つの異なる状態で存在していたことから、それぞれ空気との界面・木綿との界面の結合水に対応していると考えられるという。
これらの結果より、結合水が木綿表面に確かに存在し、毛管接着を介して木綿の硬さなどの力学特性に寄与することや、結合水自体も普通の水とは異なる特殊な状態を発現していることが実験的に明らかになった。
今回の研究では、結合水の毛管接着作用に着目し、ぬらしたあとに自然乾燥した木綿の硬化現象の起源に迫り、結合水の状態が界面の影響により通常の水とは異なることが明らかになった。
このような単繊維間の接着や結合水の粘性は、硬化現象だけでなく、肌触りなどに関連する木綿の力学特性にも深く関わっていることが予想され、応用的な観点からこの研究成果は、木綿の硬化現象のメカニズムの一端を解き明かすことで、「衣料用柔軟剤がどのようにしてその機能を発現するのか」に関する新たな視点を提示するものと考えられるという。
また近年、多様な表面解析技術の発展により、「物質表面の水」の特異的な構造や機能について盛んに議論がされる中、同研究成果はそれらを理解するうえでも、有効な手掛かりになることが期待される。